みなさん、こんにちわ、実は、まだまだ、このココログの使い方が今ひとつ、理解できないないのですが、昨日の文章に対してbunちゃん(という友人)からコメントが入っていて、びっくり!(そっか、こういうことも出来たんだぁって感じなんです。なかなか時間がなくて、じっくり機能説明を読めていないんですよね)
bunちゃん、元気?久しぶりだね〜〜!(とすっかりパーソナルモード)で、というわけで、bunちゃんに、どう返信したらいいのか、良く分からず、とりあえずここで書いています。
bunちゃんは、随分前に、自宅で第二子を自然分娩した人です。とてもクリアな魂の持ち主で、私は大好きです。なかなか会えないけど、きっといつもわくわくしながら、でも時にじっと考え、ずっと向こうを考えたりしているんだろうな〜と思っていられる人です。
私には、そんなふうに感じられる友人、知人が何人がいます。遠くにいても、近くにいるように感じられたり、なかなか会えなくても、その人との関係性を信頼できるとか、そういう友人、知人がいることが
何よりも幸せです。その幸せを感じる瞬間こそが、まさに至福の時かもしれません。世界の中心で愛をわざわざ叫ばなくても、私の中に、時を越えて、確実に存在する想いのようなものは、いつでもどこでも静かにふつふつと湧き起こっているような気がします。
今、読んでいる本を一冊、紹介します。私が心から尊敬している、作家で評論家でもあるスーザン・ソンタグの「良心の領界(The Territory of Conscience)」です。

まだまだ読み終えていないので、感想は書きませんが、まず、序 の文章に、唸りました。これが私がまさに聞きたかった言葉そのものだったからです。
以下、その中の文章のいくつかを紹介します。私のくだらないおしゃべりより、何倍も大事な「言葉」です。だから、私はこの文章をタイピングすることを嬉しく思います。
若い読者へのアドバイス・・・(これはずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)
人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、またゆがめられてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ、高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。
検閲を警戒すること。しかし忘れないことーーー社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲です。
(中略)
自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。
動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだよその国に住むこと。けっして旅をするのをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋め合わせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。
(中略)
傾注すること、注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何らかの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。
傾注は生命力です。それはあなたと他者をつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。
良心の領界を守ってください・・・。
2004年2月 スーザン・ソンタグ (「良心の領界」 NTT 出版より)
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