Thanks so much!
あかり灯ウォーク、無事、終わりました!
関係者のみなさん、お疲れ様でした!
そして長良川河畔に足を運んでくれたみなさん、ありがとうございます!
天気もばっちりで(翌日は、午後から雨、、、本当にラッキー!)、人出も昨年を大幅に上回り、浴衣姿の方々も大勢で、とにかく事故などもなく、無事、終えることができ、ほっとしています。
それにしても、暗闇の中のあかり、美しかった。
例えば、昨年来、となりの公園で行われているぴかぴかのイルミネーションとの違いについて、
あかり灯ウォークの企画者としてあれこれ考えているのだけれど、『電気を使用して、より明るく灯されているあかり』と、『電気を消して、蝋燭で、闇の深さの中で、静かに灯すあかり』は明らかに違います。
20歳の時(うう、もうすごく前ですが、、)、はじめて行ったアメリカ本土で、はじめて見たディズニーランドのエレクトリカルパレードに興奮した想い出を回想しながら、今、何故、自分が、この「暗さを生かした蝋燭あかり」にこだわるのかについて、最近の「アメリカ」という地場が持ち、発するメッセージとともに「岐阜、長良川」という地場が持ち、発するメッセージとの違いの中にこそ、答えが見えてきたような気がしています。
それは言い換えれば、消費するものと、再生されるもの、の違い…。
私は、あかり灯ウォークでは、さまざまなことを再生(現代のセンスを生かしつつ、ですが)したいと願っています。
暗闇、炎、和紙、提灯はもちろん、かつての景色、気配、人と人の絆、ハレとケ、音(サウンド オブ サイレンス)暮らしのリズム、これから人は、何を優先して生きていくかの人生の価値観…。
それらの再生のきっかけづくりのために、私たちは、長良川で「あかり祭り〜あかり灯ウォーク」を行っているのだと思います。
今回は、ひとりひとりの大きな力、大きな気持ち、大きな働きによって、無事、終えることができました。私たちのメッセージが、本当にこの街に、そして日本や世界に浸透するには、まだまだ時間がかかるとは思いますが、でも、暗闇の河畔に続々と提灯片手に集まってくれた人々の笑顔や声や姿には、確実に何かの『きざし』を感じます。
例えば、暗闇の移動紙芝居屋台の怪談に、じっと目と耳を澄ましている子ども達の姿。
ぼんやりと河畔に腰掛けて鵜飼を見ている親子や、カップルなどの姿。
闇の中を求めるかのように、暗いところへと向かう、提灯を持った人々、、、。
私たちの心の中にある、決して失ってはならないものが、
炎のゆらめきや川の匂いや、暗さの中で、
声にならないサウンドとして
メロディになり、
静かに、静かに、鳴り響いている。
…これからまだまだ事後処理や、来年に向けてのやるべきことは残っていますが、ひとまず、本当に、お疲れ様でした!
今回も100人近いボランティアの方々が協力していただきましたが、それぞれの方々に振り分けた、それぞれの役割を、それぞれの方々の持ちうる力を発揮して、本当に、楽しく、有機的に共鳴しあってできたと思います。
勿論、反省点もありますが、まったく仕事や立場の違う人間同士が、こうして、互いの役割を自覚し、尊重し、まっとうできたという実感があります。
私はこのことにもすごく価値があると思っています。
みんな、ありがとう〜〜〜〜!

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