私たちは何故、この時代を生きているのか
私たちは何故、この時代を生きているのか。今日は、頭が少々痛くて、仕事の手を休めてそんなことを考えていた。
30年前よりも、ずっと地震が頻繁に起きている時代。
台風が来ると、大雨に街が埋まってしまう時代。
「オレオレ詐欺」や簡単に親が子供を殺したり、子供が親を殺したり、友達同士で殺し合ったりしてしまう時代。
公金を自分のものだと勘違いして、いばりくさる親父達がいる時代。
お金なんて持って死ねないのに、お金のために一生を捧げることに価値があると思う時代。
武器商人がはびこって、ひとり、ひとりの命が尊重されない時代。
私が子供の頃は、もう少し、ましな時代だったような気がする。
これは気がするだけかもしれないけど、やはり今より豊かな心があったと、思ってしまう。
例えば、時代を大きなスパンで見たとしても、近代以降で、本当に豊かな時代って、あったのだろうか。それでも、今よりはマシ、な気がしてしまうのだ。
確かに日本が今にも難破しそうな時は、長い歴史の中では、何度かあったとは思うけど、なんだか、今は、地球全体が、沈没しそうな気すら感じてしまう。
自然破壊が進んで、南極の氷が溶けて、珊瑚礁が削られて、津波が押し寄せる。
本当に、もう目を覚ませよ!って、何度、叫んでみても、そんな小さな声や力は、核爆弾を押す人の力になかなか勝つことができないというもどかしさ。
節電して、石油、できるだけ使わないようにして、武器商人をぎゃふんといわせてやりたいけど、こんなに便利な世の中になって、今日の青空や月や星を見上げた人はどれくらい居るのだろうかって思うと、絶望的な気持ちにもなる。でも、だって、いや、しかし…。
私は?私は?私は?そうして、やっと、やっと、本当に、やっと、実感するのだ。
そうだ、今、私が考えなければならないことは、そして実行しなければならないことは…「何故」ではなく、「如何に」この時代を生きていくのか、なのだってことを。

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