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January 2005

January 18, 2005

私たちは何故、この時代を生きているのか

sea

 私たちは何故、この時代を生きているのか。今日は、頭が少々痛くて、仕事の手を休めてそんなことを考えていた。
 30年前よりも、ずっと地震が頻繁に起きている時代。
 台風が来ると、大雨に街が埋まってしまう時代。
「オレオレ詐欺」や簡単に親が子供を殺したり、子供が親を殺したり、友達同士で殺し合ったりしてしまう時代。
 公金を自分のものだと勘違いして、いばりくさる親父達がいる時代。
 お金なんて持って死ねないのに、お金のために一生を捧げることに価値があると思う時代。
 武器商人がはびこって、ひとり、ひとりの命が尊重されない時代。
 私が子供の頃は、もう少し、ましな時代だったような気がする。
 これは気がするだけかもしれないけど、やはり今より豊かな心があったと、思ってしまう。
 例えば、時代を大きなスパンで見たとしても、近代以降で、本当に豊かな時代って、あったのだろうか。それでも、今よりはマシ、な気がしてしまうのだ。
 確かに日本が今にも難破しそうな時は、長い歴史の中では、何度かあったとは思うけど、なんだか、今は、地球全体が、沈没しそうな気すら感じてしまう。
 自然破壊が進んで、南極の氷が溶けて、珊瑚礁が削られて、津波が押し寄せる。
 本当に、もう目を覚ませよ!って、何度、叫んでみても、そんな小さな声や力は、核爆弾を押す人の力になかなか勝つことができないというもどかしさ。
 節電して、石油、できるだけ使わないようにして、武器商人をぎゃふんといわせてやりたいけど、こんなに便利な世の中になって、今日の青空や月や星を見上げた人はどれくらい居るのだろうかって思うと、絶望的な気持ちにもなる。でも、だって、いや、しかし…。
 私は?私は?私は?そうして、やっと、やっと、本当に、やっと、実感するのだ。
 そうだ、今、私が考えなければならないことは、そして実行しなければならないことは…「何故」ではなく、「如何に」この時代を生きていくのか、なのだってことを。
 

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January 17, 2005

深夜3時

 今週は、日曜日というのに、仕事がありすぎて、今までなんだかんだとかかってしまった。でも、今、私が仕事を依頼しているg-factoryのkさんは、まだまだ徹夜で仕事をしているのだろう。kさん、ありがとう!お疲れ様です。20代の頃、映画の仕事をしているときは、徹夜も大丈夫だったけど、もう、今はだめです。既に頭がもうろうとしています。。今日は(昨日は)仕事をいっぱいしすぎました。あ〜〜〜〜〜疲れた!しかし、私のような仕事は締め切りに追われると、こういうことになってしまうのです。いったいぜんたい締め切りって、なんだろうね。締め切るわけだよね。。ほんとうに。深夜3時なのに、先ほど、外でを走る人の足音が聞こえました。闇の中は音がいつもより、ずっと増幅します。 もう、眠ります。
 私の夢も、闇から闇へ、小さな光を紡ぎます。それではみなさん、おやすみなさい。

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January 16, 2005

1月12日、そして15日

akari

 1月12日は息子の17歳の誕生日だった。その日、私は東京に出張だったので、多分、はじめて彼の誕生日を彼と一緒に過ごさなかった。それが、彼が一歩、大人に近づいたということだろう。12日の朝、前日の夜に買っておいたケーキを彼に渡した。
「ごめん、今日、一緒にお祝いできないけど、ケーキ、食べてね」
 彼は、うん、と極めて普通に返事をした。多分、悲しいとか切ないとかって気持ちはないと思う。だって、彼は、すっかり自分の好きなことのために時間を費やす喜びを知っているから。もしかして私よりもずっと。
 だけど、彼はとても私を大事にしてくれる。向き合うと、空手チョップとか、バトルゲームのけりを入れるまねをするけど、でも、偶然、その手足が私に当たってしまった時なんて、笑いながら、やばい!って顔、ちゃんとしてくれるし。
 彼は私に「かあちゃんは、正義感が強すぎる。そんなふうだと疲れるよ」と言う。そうか、そうかもしれない。彼からそう言われると、すこしほっとしている自分もいる。でも、そんなふうに生きてきてしまった自分をなかなか変えられない。なかなか変えられないから、時々、滅茶苦茶、疲れてしまう。だけど、そういう時、彼は何も言わない。何も言わずに、先日も、私が忙しくて出せないでいる書類の宛名書きを頼んだら、ものすごくしっかりとした字で書いてくれた。差出人の住所、氏名もちゃんと書かれていた。息子が書いた、私の名前が、なんだかちょっぴり照れくさそうにそこにあった。

 そして1月15日は、父親の10年目の命日だ。
 父のことは、いつか、ちゃんと書き留めておきたいのだが、その死はとても突然で、かつ、お葬式の朝、阪神大震災があったため、より劇的なこととなった。このことも今はまだ書けないけど、もう少し時が発酵したらきっと書けると思う。
 15日、父のお墓に、母と息子と3人で行った。
 母が「もう10年なんて、はやいねぇ。あっちゃん(息子の名前)がもう17歳になったかと思うとそれだけの時間が経ったって思うけど、でも、やっぱり早いね〜。いろいろなことがあったけど、本当にあっという間だった」と、墓前で呟いていた。
 うん、何と言えばいいのか、はやいというより、まるで昨日のようにすべてがそこにある、と私は思った。
 父の墓を去る時、父が私の背後で呼び止めているような気がして、何度も振り向いてしまった。父の肉体は亡くなったけど、やはり、父は、存在している。私の中に、私の世界に。
 そして、目の前の息子の中にも。
 そんなふうにして時の流れに想いを馳せるとき、どんな哲学書や詩を読むよりも、ずっと深遠な詩を感じる。私は、父を思うとき、いつもその「時」に触れながら、悲しみや喜びや、愛しさや憎しみが一緒くたになった、こころの不思議さを思う。同時に宇宙や自然のあまりの不可思議さも。
 本当に、生きていられる限り、この時を大切にしたいと思う。
 そして私のまわりの大切な人々もまた、一分、一秒でもその素敵な奇跡のような人生を、時を、長く、豊かに、過ごしていってほしいと願うのだ。

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January 02, 2005

今年の年賀状です!

nenga

 毎年、いろいろなテーマで年賀状を作りますが(とはいっても、出す枚数はそんなに多くないのですけど)、今年は、「異種な組み合わせに挑戦する」をテーマにしました。例年は、年賀状表現方法にテーマを持たすのではなく、そこに表現する言葉やビジュアル自体のメッセージ性に意味を持たせてきましたが、今回は、作る手法にこだわってきました。
 なぁんて、偉そうに言ってみても結果は、どうだか?しかし、私の写真と、実は、息子のイラストを組み合わせたらどうなるのかなぁ?というのが始まりでした。
 これって、もしかして、親バカ?まあ、いっさ。そんな年があったって。何たって、私の年賀状だものね。好きに作ればいいんだものね。そんな訳で、ウェブ版を公開します。
 どうかみなさま、2005年も古田菜穂子を宜しくお願いいたします。

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January 01, 2005

あけましておめでとうございます

 いやはや、あっという間に2005年を迎えてしまいました。
 10月末はタイ、11月はベトナムに10日間ほどいたせいもあり、季節の感覚が妙なことになってしまって、ちっとも冬という気がしないまま、時間だけがが駆け足で通り過ぎ、そして、新年です。
 あ〜〜、忙しい一年だった。後半、日記がまったく書けませんでした。反省。
 
 今日は毎年恒例、近所の氏神様に初詣をしてきました。紅白(全部じっくり見た訳ではないのだけど、森山良子の歌が最高に良かった!素晴らしかった!あの熱唱を聴くことができただけでも見た甲斐があったというものだよん!)が終わり、「行く年、来る年」がはじまるのを見計らって家を歩いて出るのです。
 神社に向かう途中で、新年の花火が冬の空、高く上がりました。
「今年も花火が上がったね」
 そんなことを呟きながら、神社に到着すると既に参拝を待つ人の列。でも昨年よりは、人出は少ない。何故だろう。。雪のせいかな?20分ほど待って、順番が来て、お祈りをして、御神酒を頂き、おみくじを引く。
 いつもの光景、いつもの行為。
 闇の中に燃えるたいまつの炎は、いつ見ても懐かしい。
 帰り道、暗い空が凍る夜の雪景色の中、時雨れる街並みを息子と二人で歩いて戻って来ました。毎年のこの道行き、また来年も、ちゃんと出来るといいなと祈りながら。そしてこの地球上の人々のみながこんなふうにささやかだけど大切な幸せをいつだって、享受できるようにと祈りながら。
 2005年には戦いも、天災も終結してほしい。
 いろんな祈りの中で、新しい朝がもうすぐやってきます。みなさんにとっても新しい一年が、平和で、豊かで、実りあるものになりますように。
 今年もよろしく!

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