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May 18, 2005

懐かしの牛乳

03
 今日は、岐阜市役所に行って今年の「第3回あかり灯ウォーク」の打合せに行ってきました。昨年までの主体組織だったスローライフ実行委員会がなくなったので、新しい市役所側の受け皿(要するに担当部署)担当者の方々と会うために、今まで実質的にこのイベントの運営を行ってきた市民ボランティアである「ぎふ・あかり灯ウォークの会」のメンバーのIさん(事務局長)、Sさんと三人で会議に参加しました。
 いつも思うのだけど私たちは決して自分たちのエゴだけでなく、ある意味、社会的活動の一環としてこれらの事業を行っているのに、どうして毎度、毎度、担当者が変わる度に、何度も同じ事を説明し、彼らをやる気にさせなければならないのだろう。それでも昨年までの担当者のTさんやHさんは役所のやるべき事を、とても前向きにまさに行政と市民とがイコールパートナーという意識を持って気持ちよく、一生懸命行動してくれたのだけど、今日会った中の一部の方に、あきらかに「面倒くさいなぁ」的オーラを感じでしまった。おいおい役所の仕事って、市民サービスじゃないの?ある意味で社会を作り、暮らしを作るパブリック・サーバントなんでしょ。と云いたくなるところを「せっかく、市民協働でこういうことをするのであれば、みなが楽しそうにやらないと参加者にその楽しさが伝わりませんよ!」という言葉に言い換えた。にこやかに云ったつもりだけど、もしかしたら顔はこわばっていたかも???
 せっかく毎日を生きて、自分に与えられた仕事なら、どうして気持ちよく取り組めないんだろう。まして役所の職員以外の市民ボランティアと組む仕事なんて、互いへの尊重がなければやってられないよって。ちょっと愚痴っぽっくてごめんなさい。でも、実はこの10年ほどそういう感覚と戦ってやってきたんだよね。でも最近、仕事を一緒にする県や市の行政のスタッフは能力のある良い方が多くて、前向きでいいなって思っていたところだったのに、ちょっと今日は珍しく、うううむ、と思った一瞬でした。でも、頑張る!だって、みんな昨年の「あかり灯ウォーク」、あんなに楽しそうだったものね。そして綺麗だったし、岐阜っていいなぁって心底思えたし、子ども達の闇の中のキラキラした笑顔、忘れられないよね。
 話は変わって、今、自宅のお風呂などを工事しているので、この数日、近所のスーパー銭湯に通っています。で、今日、お風呂から出て待合いで、すこしボケッとしていたら、昔の銭湯みたいに、一本百円の牛乳(牛乳瓶に入っているヤツ)を買って、ぐいぐいって飲んでいるおじさんたちを見ました。そうか!まだ、この文化って残っているのね、と嬉しくなった。そう言えば子どもの頃、まれに銭湯に行くと、お風呂から出た後のフルーツ牛乳が楽しみだったなって。フルーツ牛乳はもうなかったけど、低温殺菌牛乳、コーヒー牛乳、そしてヨーグルと書かれた三種類の牛乳がありました。ヨーグルって、ヨーグルト牛乳?だったらなんでそう書いてないのかなぁと思いつつ、その疑問を解くのは今度の楽しみにしようと決めた私でした。私の銭湯通いは、あと数日、続きそうです。。

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Comments

お元気ですか?
最後にあったのは、まだ子どもが小さかった頃だから、
もうずいぶん時間がたちましたね。
(もう高3ですからね)
岐阜での活動は、新聞記事などを両親が送ってくれるので
時折眼にしていました。
家田先輩からの年賀状でも一緒に仕事してるなんて書いてあったので、また懐かしく思っていたところへあのTV。
テラが長良小に来て、初恋の人に会うって情報は入っていたし、
撮影後の飲み会に古田さんもいたよ〜って聞いてたけど、
そういう展開だったのね〜〜。
テラには先日地球ゴージャスの芝居を見に行って1年ぶりに会ってきたところです。

さて、我が家は娘が大学受験、
下の息子も中3なのでどうなる事やら!?の1年になりそうです。
夏休みに帰れるか判りませんが、
機会があったらお会いしたいですね。
ますますのご活躍を期待しています。
私も就職20年を越え、
まだまだ頑張らなくっちゃという状況です。

では、また。

Posted by: 佐々木(岩田)多恵子 | May 30, 2005 09:29 AM

『どうして、毎度、毎度、担当者が変わるごとに、何度も同じことを説明し、彼らをやる気にさせなければならないのだろうか』

<私見>
「初心忘るべからず」と言いますが、何度も同じことを説明できている間はやる気をなくしていない証拠。

叉、誰だって他人からやる気にさせられたくはないでしょうから、期待するほうが無理。

「この頃みんなが協力的で、以前と比べると意識の向上が顕著である」と言う思いがよぎったら、どこかに慢心が生じていないか疑う必要があるかもしれない。

彼らが協力的であるにせよ、ないにせよ、第一義的には、自身の言動は自己の人生における一コマであり、それが自己の人生においてどのように位置づけられるか見定める事が肝腎で、彼らがどう捉えるかは、同様に、彼ら自身の人生の問題であり、そうあることを阻害しない事が大切です。

◎arico「Blue Sky on the Park」は何か消え入りそうに哀しい感じ。哀愁タッチ。

Posted by: ヒラメ | April 19, 2012 09:55 PM

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