雪の日に
昨晩から、雪が降っています。この景色は私の部屋から見える外の様子。まだまだ降り続いています。雪が降ると、周りの音が吸収され、消えてしまったかのように思います。降り始めたことに気づかずに、ふと周りの静寂さに窓の外を見て、一面の雪に驚く事が時々あります。
昨晩もそうでした。「あれ?」って思って、ふと見ると雪。もう外は、真っ白。思わず二階にいる息子に知らせようと廊下に出たら、階段の音がトントン…。彼も、雪に気づいて降りてきたところだった様子。白く浮かび上がっている庭を見ながら、雪だね〜〜とつい、はしゃいでしまいました。
凍えるような夜空からはひっきりなしに雪が舞い降りてきます。
ちょうどその直前まで、懐かしい知人である菅原浩さんの「魂のロゴス」という本を読み返していました。この本が出たのは2003年。勿論、すぐに購入し、読んだのですが、何故か久しぶりに読みたくなりました。この本は、ある種の「世界感覚」について書かれているのですが、本の冒頭部分に「暮れてゆく 春のみなとは 知らねども かすみにおつる 宇治の柴舟」という新古今集の中の歌が、『無限の世界へと溶け去っていくような存在感覚』のニュアンスを伝えるものとして紹介されていました。ああ、そうだったなぁと思いながら、何度も「かすみにおつる」と呟いてみました。なんて綺麗な言葉だろうって。私も、そんな感覚を何度も感じたことがあります。古人は、自分を取り巻く世界が見せてくれるさまざまな景色に対し、日々、こころや魂を響かせていたのでしょう。
降り続く闇の中の雪を見ていると、私の感覚もまた、部屋の中の自分を通り越し、隣でやはり雪を見ている息子の意識も通り越し、向こう側へと溶け合っていくような存在感覚へと拡張していくのです。そう言えば、雪の研究者で知られる科学者の中谷宇吉郎の本にも、そんなことが書いてありました。寺田寅彦もそうだけど、本当に優れた科学者は自分を取り巻く世界への、詩的に昇華する心のずっとずっと奥の方の美しき響きを(これを菅原さんは、多分『魂のロゴス』と呼んでいるのだと思います)知っていたのだと思う。
私が二年ぶりに読み返していた「魂のロゴス」の中でのある貴重な実感の後、世界は、降り続く雪景色という、すごい贈り物をしてくれたのだ。
そして私は意識を飛ばす。遠い異国の地で暮らす、何人かの友人たちへと。
今年の2月に知り合ったフランクフルトに住むK子さんが、先日、アドベントカードを送ってくれました。12月1日から24日まで、1つずつ、カードの窓をあけていきます。とっても可愛くて、私は毎日、カードの上の小さな窓を開けるたびに、K子さんのことを思います。カードに同封されていたフランクフルトの街並みの写真を見ながら、ヨーロッパの冬景色の中、白い息を吐きながら歩くK子さんの姿を想像し、彼女の持つ、温かさと強さを思います。
まだ、雪は降り続いています。雪が白色であること、この白を白と感じる心。そして白を白と名付けた心。言葉を越えて、感じる響き。世界はこんなにも豊かな話題に充ち満ちている。

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