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June 28, 2006

走る人。

P1010092_1 中田選手に感動した。
そのひとことに尽きた一夜だった。
私はワールドカップを、そんなに熱心に見ては居なかった。関心はまあ人並みにはあったけど、日本戦の日は、いつも原稿の締め切りに追われていて、テレビを見る時間がまったくなかった。ただし初戦は、パソコンに向かう自室の窓から、向かいのマンションで応援する人々の大声が聞こえ続け、歓声があがると、ああ、きっと良いプレーをしたのね、あ〜〜〜あ、という潮が退くような尻切れとんぼの歓声には、失敗したんだなどと想像しながらキーボードを打ち続けた。その日の歓声は、後半、ほとんど聞こえなくなっていた。気づいたときには、すっかり静まり返っていた。そして私は悟った、「きっと後半でぼろ負けしたんだろうな」と。 そんな観戦の仕方もあるのだ。
 結果は、感じた通りのものだった。
 第2戦目は、後半のラスト10分ほど、仕事の手を休めて少しだけ階下の部屋でテレビをつけた。
 でも、画面全体から伝わるものが感じられない。走っているのは中田ばかりで、みな、「たらたら」しているようにすら見えた。「気」が伝わってこないのだ。そこで、私はテレビを切って、自室に戻り、再びパソコンに向かった。その日も窓の外の歓声は、すでに静まり返っていた。
 そして最終戦、この日は仕事で東京にいて、テレビを見ることも、いつもの窓外の歓声も聞くことができなかった。静かに、静かに夜は更けた。
 翌日か、翌々日かは定かではないけれど、山手線の中で、目の前に座っているおじさんの手の中にあるスポーツ紙の大見出しで「中田の涙」という文字を見た。
 「そうか、やっぱり負けちゃったんだ」と私は知った。なんだか、誰もこの話題を口にしていなかった。みんな、わざとその話題を語らないようにしているような気すらした。しん、とした空気。スポーツ紙の文字だけが別次元みたいに踊っていた。
 乗り換えた電車の中刷りには、すでに「こんな日本に誰がした!?」といった週刊誌の見出しが大きくぶら下がっていた。「失われた中田や宮本の商品価値」みたいな文字もあった。やれやれ、って感じだった。

 さらに翌日。一週間弱の東京出張を終えて帰る日、私は、いろんな思いにうちひしがれていた。息子の悩みを聞いているうちに、自分自身の悩みがオーバーラップしてしまった。私は親なのに、ちっとも親らしくない。まだまだ自分も悩んでいる。そんな自分が嫌になって、なんとも憂鬱な気持ちで(多分、いつもの私を知っている人には信じられないだろうけど)新幹線に乗り込んだ。
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 新幹線の中で、江國香織が編者の恋愛小説アンソロジー「ただならぬ午睡」(光文社文庫)を読んだ。恋愛小説が読みたかった訳でなく、いろんな文体の短編集が読みたかった。そしたら、吉行淳之介、河野多恵子、安西水丸、江国香織、佐藤正午、村上龍、平林たい子、チェーホフという8人の作家の短編が織り込まれている、この文庫本を発見したのだった。
  いつもの時間が物語の時間に浸食されていく。その感覚は嫌いじゃない。むしろ好きな方だと思う。
  江國香織を見直した。この作品選択はピカ1だった。最初、どうしてこの8人なんだろう、と思ったのだが、まったくもって納得した。人間って、すごいなぁ。
  でも、私の憂鬱は深化した。ある意味で、必要な深化でもあった。

 家に帰った。母に会った。母は「疲れただろうから、お風呂に入ってね。もう寝るね」と言うと、自室に戻った。
 岐阜の夜。ぼんやりとお茶を飲みながら、なんとなくテレビをつけた。
 この一週間、テレビはいっさい見ていなかった。ニュース番組で、ワールドカップを振り返っていた。中田の特集をしており、試合中の中田の姿をひたすら追いかけていた。
 以前、NHKのアナウンサーの有働さんが、「サッカーを面白く見るには、一人の選手を見続けていると良い」と話していたことを思い出した。そんなふうにサッカーを見たことが無かった私は、今更ながら、試合中の中田の動きだけをじっとじっと見つめた。
  中田は常に走っていた。画面では、中田の背後に何人かの選手の姿がうつっていたが、彼らの足は止まっていた。歩いている選手もいた。
 でも、中田は、中田だけは、走っていた。
 カメラは、ぐるぐると動き回る。中田を追って動き回る。中田は走る、ボールに向かって、ボールの先に。
 知らない間に泣けてきた。
 終了後、中田が倒れて起き上がれなくなった。彼の試合は終わった。彼のワールドカップは一勝もできずに終わった。
 でも、私はまっすぐ感動していた。走り続けた彼の姿は、確かに彼の想いの姿だった。誰もが足を止めてしまう瞬間にも彼は必死だった。勝つために、ボールを追うために、攻めるために、守るために。
 でも勝利の神様は、あんなにがんばった彼に、微笑まなかった。それが人生だ。
 がんばって、がんばって、がんばっても手に入らないものがある。それが人生。
 だけど私たちは、生きて行く。走る。泣く。喜ぶ。笑う。そしてまた泣く。
 勝つために、走り続けた中田を見た。目的のためにがんばる人を見た。有り難い存在だと思った。自ら何も語ること無く、しかし、彼は、生きる姿そのものだった。

 小さな幸せ。小さな欲望。夢。大きさじゃないんだ。
心の振動は、其の瞬間の振動のなかにのみ、心底の喜びが湧きい出る。理由じゃない。結果じゃない。
 ただ、その瞬間のみなのだ。

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