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February 2007

February 19, 2007

高感度、高周波、こだわりのカタチ

 先週一週間、東京で「ギフトショー」という見本市に、和紙の仕事の関係で参加した。
 一応、「ギフトショーって何?」という方のために簡単に説明だけしておくと、全国からさまざまなものづくりをしている企業、メーカー、ショップなどが一同に会して新商品を大々的にアピールし、それをバイヤーなどが全国から買い付けや商談に来るというもの。
 毎年、国際展示場(ビックサイト:先日行われた東京マラソンのゴール地です)に何万人もの人が集まるのだけど、毎回、思うのが、「みんな、必死に生きているんだ!」ということ。
 新しい商品、自分たちが一生懸命開発した商品をなんとか売ろう、世の中に出したい、認めてほしい、、そんな思いが満ち満ちた会場はすごい熱気。
 そして膨大な商品群の中から、自分がほんとうに欲しい!と思う物に出会おうと必死のバイヤーの姿も真剣そのもの。
 そんな真剣な人の姿を見るといつも素直に嬉しくなる。
 ここには、一夜で億単位で動くようなお金の動きはそうそう存在しないけど、確実に、「モノとモノ」、「モノと人」、そして「人と人」とのつながりが存在する。
 その実感が、多分私を幸せにするのだと思う。
 モノや人、という目に見えるものの後ろには、実は、目に見えない「信頼」や「情熱」や「愛情」がある。
 もちろん、いろんな人がいるから、騙しの人やモノもあるかもしれない。だけど、身銭を切って出展している出展者の大部分は、真剣だ。
 
質の差はあっても、そこには「こころ」がある。

 ネットや、株や証券とか、見えないマネーゲームは人を数字化する。1円なんていうお金の単位をつい、忘れてしまう。でも、ものづくりは、数字だけじゃない。結果としての表象としての数字があとから付加しているのだ。

私は、私が信じるオーガニックでサステナブルなものや人やコトづくりを、丁寧にしていきたい。きっとそこには、チャーミングな「かたち」が生まれるはずだと、相変わらず、何があっても私は思う。

ところで、、、相変わらず耳鳴りは治まりません。
でも、先日、古くからの友人のカメラマンS氏と会った時、「今、聴こえている音は、自分にしか聴こえてない特別な音だと思えば楽しいでしょ」と言われて、ほんとうにそうだなって、思った。

 私だけに聴こえる音。
 その音は、かなり不快ではあるけれど、お陰で、今までよりずっと「耳を澄ます」という行為に敏感になってきた。
 そして聴こえるいくつかの会話。

 電車のとなりで話す、老夫婦の会話。
 目の前の若者の会話。
 カップルの会話。
 親子の会話。

 そのうち、密かな蟲たちの声も聴こえるようになるかもしれない。

 ほとんど普通の人には聴こえない高周波の音も、音楽だと思えば、我慢できそう。

 これをS氏は、「高周波系ミュージック」として売り出したらカッコいいよと提案してくれた。
 普通の人には聴こえないのに、耳鳴り系の人だけには聴こえる音楽。

まるで現代アートじゃん、って思わず大声で笑ってしまった。
そんな時、私の耳奥で鳴り続ける音も彼方へ消える。

高周波系ミュージックの持つポエジーは、今まで私が思いもしなかったひとつの世界。
やっぱり生きているってことは、捨てたもんじゃない。
 

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February 05, 2007

雪のない冬に

  本日、東京の某ナショナルクライアントさんたちがはるばる来岐して、家田紙工さんの美濃手漉き和紙制作の途中経過のチェックということで、ミーティングがありました。
 朝、家田社長に言われて駅に彼らを迎えに行くと、予定より一本早い電車に乗れたようで、彼らは揃って駅前のロータリーで待っていました。
 開口一番、彼らの一言。

「岐阜、雪、ないんですね!」

 そうなんです、今年は岐阜、雪がちっとも降りません。まさに暖冬、地球温暖化の影響ですよね。
そんな話をしながら家田紙工の本社へ。
 社長は緊張の面持ちで、漉き上がったばかりの美濃手漉き和紙を広げました。

 「うわ!凄い!」 

 彼らは一様にその透かし柄の美しさに驚く。
 こんなに綺麗だとは思っていなかった。。。。。
 そんな感じ。

 本当に、和紙は美しい。
白の魅せる深い美。静かな美。豊かな美。
 透かし和紙には、岐阜県の誇る1300年の美濃手漉き和紙の伝統技法と家田紙工の先端技術が組み合わさって出来上がった、世界唯一、ここでしか出来ない技法が使用されている。
 その時、私の脳裏に浮かんだ言葉。

「白紙も模様のうちなれば心にてふさぐべし」

 この言葉は、私の師でもある松岡正剛さんに教えていただいた。
 江戸時代の絵師、土佐光起(代表作:「北野天神縁起絵巻」「三十六歌仙図屏風」「源氏物語図屏風」など)が、『本朝画法大全』に記した言葉だ。
 その文字を見た途端に、そう!と、納得!した言葉でもある。

 白紙からは、今まさに模様が出ようとしているのだから、あえて何もかかなくても、心で描けばよいということ。
 そこには、日本の美の伝統の神髄もひそむ。

 これからさまざまな人々に開かれて行くであろう「白」という感覚。
 そこにある、ひとつの世界観やクオリティを指針に、受け取った人々の想像力を媒介として、私は世界の奥にひそむ本当の心や魂の在処のようなものを、見いだしていきたいのだと、思う。
 
 それは 「故意に何かを仕立てずにおいて、想像力にてこれを完成させる」(松岡さん談)という行為のエッセンスでもあるわけで。

 実は、人が雪を心のどこかで希求するのも、雪景色の白が伝える、白紙の模様〜心で描く模様に接したいのではないだろうか。
 少なくとも、わたしにとっての雪とは、ずっとずっと昔から、私を広大な宇宙の中の自然の一員として、静かに、大きく包み、命や時や想いの切なさを感じさせられ、そののち、私を自在な世界へと導いてくれる、重要なメディアだった。

 多分、私が和紙を好きなのもそんなところなのかな、と、残念そうに雪がないと呟く東京人(びと)たちの後ろ姿を見送りながら、あらためて思った暖冬の1日。
 もう、夜の帳が落ちて来た。


 

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February 04, 2007

わおん、和音、和温。

  私のブログを読んでくださっているみなさん、久しぶりです。
 2007年、はじめてのメッセージです。
 大変遅くなりましたが、どうか本年も宜しく御願いします。

 今年は、1月5日に、突然、ひどい中耳炎になってしまい、約一ヶ月の静養を強いられました。
 病院に行く以外、外にも出られず、ひたすら家の中にこもっていました。
 大人になってからかかる中耳炎はなかなか治らない、、とは聞いていましたが、本当に辛かったです。
 まず、ものすごい激痛で始まり、その後はずっと水中で暮らしているような日々でした。そのうち、耳鳴りもはじまって、なかなか集中出来ない日々。
 これは体が悲鳴を上げているんだなと理解して、ひたすら仕事をキャンセルし、家の中で、おとなしくしていました。お陰で、何冊か、本を読む事が出来たり、自分自身のこれからについて、真剣に考える時間を持つ事ができました。(とはいってもね、最初の二週間は、とにかく辛くて、じっくり休む,,という気分ではなかったのですが)

 そして三週間目になって、水中感覚は収まったものの、耳鳴りが止まらず。。。そのうち、風邪をひいてしまってさらに悪化。。。
 ということで、最早、二月。ですがやっとこうしてパソコンに向かえる元気は出てきました。みなさん、ご心配をおかけしました。
 実は、今も左耳奥では、「キ〜〜〜〜ン」という高音が鳴り響いているのですが。随分、この状態にも慣れてきました。しかし、世の中に「耳鳴り」で苦しんでいる人がいかに多いか!命に関わることじゃないからって、軽視されているみたいだけど、私もやっと彼らの苦しみを心底、理解できる人になりました。

 ところで、今年の私は、本気で暮らしぶりを見直そうと決心しました。このままでは、きっと後悔するということだけは分かっているのです。
 今まで約20年以上、自分の居場所にこだわって生きてきました。たくさんのことをゼロから起こしてきました。
 ある意味、我ながら、頑張ったな、と思います。本当に、お金のためじゃなく、ずっと「想い」を第一に頑張ってきてしまった。
 そんな私が、この1年ほど、いろいろなことごとのなか、自分をちっとも大事にできなかった。ある人からは仕事の事などに対する私の考え方を「理解できない」と厳しく批判されたり、そういう経験って、今まではなかったんですね。 こういうことに気づいたのは、ある意味で、収穫でもあるのですが、 でも、たとえその理由が私にあったとしても、私は、やっぱりそういう体験をこれ以上は、したくない。

 人生は苦しい事も多いけど、やっぱり笑顔でいたいし、本当に感謝、感謝の気持ちに溢れた光ある人生を選択したい。

だからこそ、ちゃんと前向きに、本当の私、いつも笑っていられる私でいられるように、私らしい暮らしを自分でつくらなくちゃと本気で思う。

 私の耳は、一旦、半分、まったく聴こえなくなった。それは、何かを捨てよと、言われた気がした。
 もう一度、本当の自分に戻って、私らしくいようよ、って。無言で伝えた。

 2007年、怒りや戦いのエネルギーはもういらない。
 他者と自分の違いを認めて、調和のある、温かい瞬間、瞬間を積み重ねたい。
今、いろんな音が、いろんな色彩で、私の中で、聴こえるのです。
 私はその和音をやさしく、奏でたい、響かせたい、そして届けたい。
 今年も宜しく。

 

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