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March 2007

March 27, 2007

トーキョー・ウシゴメ→ミッドタウン

 一昨日、東京ミッドタウンの内覧会に行って来た。
 というのも一昨年和紙の仕事でとってもお世話になった広尾のSMPさんが、GALLERIA・3Fの一角に「STYLE MEETS PEOPLE」というショップをオープンし、その関係で内覧会にご招待してくださったから。
 大江戸線六本木駅の真上に東京ミッドタウンはあった。

 その日はお昼に、早稲田の家から20分程歩いて、弁天町にある雑穀レストラン「つぶつぶカフェ/いるふぁ店」に行き、ヒエ、アワ、キビなど、雑穀と呼ばれる小さな穀物たちで出来たエネルギーいっぱいのこだわりの自然食ランチ(これを未来食と呼ぶ人もいる)を食べ、ハーブティを飲み終えると、地下鉄大江戸線牛込柳町駅から六本木駅に向かった。
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 つぶつぶカフェには、20年ほど前から東京にいる時は、必ず一度はお昼ご飯を食べに行っている。
 20年程前は今よりも随分小さなショップで、その頃は、もちろんオーガニックとか ロハスなんて言葉も一般的でない頃で、雑穀メニューもまだまだ試行錯誤だった記憶がある。今ではかなり著名な食デザイナーとしてカリスマ的存在になった代表の大谷ゆみこさんを時々、お店でお見かけした。それが大谷さんの強い信念と、行動力、そして何より、雑穀(つぶつぶたち)の美味しさ、本物のパワーで、次第に大きな動きになってこの20年の間にショップは大きくなり、場所も江戸川橋から今の弁天町に移動した。

 私は気に入ったお店には、何度も足を運ぶ。そのうちにお店の人と仲良くなったりするのだが、いくつかのお店では、わざと仲良くなろうとはせず、ずっと「見知らぬお客さん」の立場を取り続けることもある。
 それがこの「つぶつぶカフェ(以前はFUという名前だった)」と、そして目白台にあるレストラン「ドルフィン」だ。
 20年も通っているのに、何故、あえて「見知らぬお客さん」の立場を取り続けているかというと、それがそのお店で一番心地よいスタンスだから。
 そしてお店のオーナーもそんな私の気持ちを知ってか知らずか、いつもさりげなく私を「見知らぬお客さん」として真っ白な椅子に迎えてくれる。

 話が脱線してしまったが、「つぶつぶカフェ」の食事は本当に美味しい。薄味で、素材の旨味が生きていて、そのパワー(特に雑穀や根菜類の持つエネルギーのようなもの)が、体に入ると何か気が巡り始めるような感じになる。「食って、エネルギー」という当たり前のことに気づかされる。

  さて、そんな状態で、向かった東京ミッドタウン。
 大江戸線はループにはなっていないので、都庁前で逆方向の列車に乗り換えなければならない。実際、私は乗り換えを間違えて15分程時間をロスしてしまった。
 「本日の招待者は四万人」
 どこかで誰かの声がした。そうか〜、四万人なんだ。
 確かに人は多い。相当多い。でも、建物が分散しているせいか、そんなギュウギュウな感じはしない。これは名古屋駅前のミッドランドスクエアとは大違いだ。
 建物に入る。色のトーンは、最近流行りのナチュラルテイスト。キャメルカラーのイメージは、ミッドランドスクエアとほとんど同じ。
 
 全体の印象。落ち着いた雰囲気。ショップも出しゃばった感じがない。つん、とすましている感じもない。和風モダンがとっても分かりやすい。ショップの展開も分かりやすい。逆言えば、越境がない。
 SMPさんのショップでは、香りをテーマにアロマキャンドルがギフトとしてもよく売れていた。こちらも落ち着いた大人のNYテイスト。

 そこで、ふと数時間前にいた、つぶつぶカフェのインテリアや雑穀ランチに思いを馳せる。
 つぶつぶカフェの建物は珪藻土に檜などの天然木。雑穀ランチはノーミルク、ノーシュガー。
 東京ミッドタウンのGARDENエリアには、芝生広場や銀杏、桜、楠の杜、そして美術館。ウッドデッキを歩くと都心とは思えない静けさだ。
 でも。
 私は思う。小さな小さなカフェから世界に向けて発信しているものと、大きな大きなプロジェクトが発信しているもの。その違い、相対性。
 大江戸線が結ぶもの。
 「牛込柳町」→「六本木」、「六本木」→「牛込柳町」。「大江戸線」。「東京ミッドタウン」。「つぶつぶ」「雑穀」「ピースフード」。
 4万人の人々が見て、感じて、交換したもの。
 足跡。言葉。想い。そして「呼吸」。
 
 この街の本当の真価は10年後、20年後に分かってくるのだと思う。
 そこで発信されるものは、トーキョーの今?
 小さな雑穀カフェと、大きなミッドタウン。どちらが冒険しているのだろう。どっちに緑が根付くのだろう。
そして平成の時代の大江戸線は、過去と未来を行き来しながら、平等に「ひと」を運ぶ。
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  ショップを後にして、建物の外に出ると、ぐるりと東京ミッドタウン周りを歩いてみた。 
 雨上がりの曇り空の下、どこともいえない横顔は、思ったよりもチャーミングだった。
 

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March 26, 2007

エッセイを書きました

 またまたご無沙汰しました。
 一週間程、出張し、今日岐阜に戻ってきました。そしたらちょっと前に書いたエッセイが送られてきていました。「日本公園村」という小冊子の表紙に掲載されています。

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 リレーエッセイ「私の好きな風景」というタイトルですが、担当編集者の方から、一応、書くべき地域を指定され、その中から私が選んだのが「富加町」というところの、山門のある景色です。
 タイトルは「光の河」。
 (表紙のイラストがそのイメージを表しているのだそうです!)
 数年前に経験した、ちょっとだけ不思議な思い出を書きました。
 短いエッセイですけれど、自分で言うのもなんですが、結構気に入っています。
 もし、興味がある方はHPでも読めるようですし(HPの中の「みちくさ読本日本公園村を読もう」というアイコンをクリック。その後、「エッセイ文庫〜私の好きな風景」というところをクリックしてください。過去に掲載された作家や著名な方々のエッセイも掲載されています。ちなみに私のエッセイが反映されるのはもう少し先のようです)、多分、発行元(中濃地方拠点都市地域整備推進協議会事務局)に言えば、小冊子が手に入るかもしれません(これは不確定情報です。。。ごめんなさい)。
 よければぜひ!

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March 12, 2007

なごり雪

 只今、深夜0時34分。
 ゆ、雪が降っているよ〜。

この冬はもう、雪は見られないのかと思っていたのに、、。
もう3月12日ですよ、もうすぐ春だというのにね。

ううむ、いったいどうなっているのだろう?

雪を見ると、大学時代、毎年、冬の北海道に
冬期割引と学割で購入した、う〜んと安い北海道周遊券で旅していた頃を思い出す。

どこまでも、どこまでも、
列車に乗って北の果てに向かって行った。
知床の岬では、一面の雪景色の中、
ひたすら歩いた。
いったい何時間歩いたのだろう。地元のおじいちゃんに貰った
ポケットの中の氷砂糖が心の支えみたいな気がしてた。

サロマ湖の真ん前にあったユースで、
サロマ湖を歩いて渡って流氷までいくというツアー(というか、ユースに泊まっているみんなで一緒に行くというだけだけど)があった。
凍ったサロマ湖を歩くと、頬が雪焼けでひび割れた。
流氷は、巨大な氷の塊の連なりだった。これをずっと、ずっとつたって行くとロシアに行くのかと思うと気が遠くなりつつも、なんだかわくわくした(でも本当は行ける訳ないんだけど)。
だれかが、流氷ロックを飲んでいた。
安いウィスキーが、妙に似合っていた。

ふと、ドイツのK子さんを思い出す。
一昨年、冬のフランクフルトで出会った彼女の横顔には、どこか遠い彼方を見つめているような切なさと温かさが同居していた。
笑顔のチャーミングな彼女にまた会いたいなぁと心から思った。
「元気ですか?」

そうか、今晩みたいな雪を、なごり雪って呼ぶのかもしれないね。

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March 11, 2007

できることでなく、したいこと。

今日、押井守監督のトークショーの中で、一番心に残った言葉。

「できることではなく、したいことをする」

私は、今まで、「できること」ばかりをしてきていないか。
本当に「したいこと」をちゃんとしているか。

「したいこと」がちゃんと出来ている、もしくは、
「したいこと」に向かって努力している時、
きっと生きて、死ぬという人間の切ない定めについて
そもそも「無意味だ」とかって思わなくなるのかもしれないな、と。

あまり「生きる意味を」とか難しく考えないで、そんな時間があったら、
「したいこと」をちゃんと行動した方がずっと
いいかも。

明日(もう今日だけど)、「したいこと」リスト、作ろう。
で、ひとつひとつ、していこう。
そういう時って、耳鳴りを忘れる事ができるんだよね!

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March 10, 2007

金の糸、たぐり寄せ

 今日、とある仕事の関係で、押井守監督からいろいろなお話を伺う機会をいただいた。
 押井さんは、最近、空手を始めたそうだ。
 身体、、というものへの関心、自分の肉体を改造することへの関心(可能性)が生まれてきたから。人間というサイボーグ、サイボーグという人間。。。ううむ。
 その他にも、たくさん、興味深い話が聞けた。
 
 私が過去、押井さんの作品を見ていて、その思考の奥底に流れる一見不確かだけど確かな存在のようなもの、それが何なのかを知りたいと思っていた。

 実は、それは金の糸みたいなもので(納豆の金の糸ではない、あしからず)、それがどんな種のものか、っていう
<存在の在処>に、
ほんの少しだろうけど、今日、触れることができたような気がした。

 その金の糸は、細くて、なかなかつかめないのだけれど
表現者という道を選んだ私にとっては、その在処を信じられる事が嬉しかった。
 映画というメディアが大好きだからこそ、それは確実に、自分の勇気や元気につながるのだ。

 詳しい話は、また後日。
 というか、明日(じゃなくてもう今日ですね)、未来会館で押井監督のトークショーと「イノセンス」の上映がありますから、そこでぜひ、生の話しを聞いてください。

 あなたにとっての金の糸が見つかるかもしれないよ。だから
時間のある人は、ぜひ、未来会館へ、GO!

追伸:押井さんは、こんにゃくと赤貝(だったと思う)が、苦手だそうです。なぜなら、歯ごたえがくにゃくにゃしたものだからだそう、う〜む、やっぱり(?)

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March 06, 2007

フラッグアートが賞を頂きました!

 数日前に、中日新聞の記者の方から電話があり、
「フラッグアート展が、ふるさとイベント大賞で、最高賞の『大賞』を受賞しましたよ!」
との連絡をいただいた。
 え?ふるさとイベント大賞?  慌てて、ネットで調べたら、かなり権威ある賞の様子。

 「ぜひ、喜びのコメントを!」と記者の方が言ってくださって、本当に受賞したんだ、、と、じわじわって喜びが湧いてきた。
  
 でも、受賞は、主催団体としての商店街振興組合連合会が受ける、、ということで、企画制作の私や、ずっと一緒に頑張ってきた事務局スタッフは授賞式には呼んでもらえかった。
 そんな仕事の因果に少々胸を痛めつつ、、、いやいや、そんなネガティブな感情を選択するより、ゼロから自分が企画し、みなで力を合わせてそれを実現し、さらに11年間も継続し続けて来た「事実」、「現実」に目を向けた方がズッと建設的だと気持ちを切り替え、心から喜ぶことにした。
 
 12年前から一緒にこの事業を行ってきたソーホージャパンのみんな、本当に良かったね!!!!
おめでとう! そしてありがとう!!

 みんなの支えや、事務局としての地道な努力と作業がなかったら、私はきっと、どこかでくじけて、ここまで続ける事はできなかったと思う。

 それから、
 神田町商店街のみなさんも、おめでとうございます!ご苦労様です!
 いつも、ありがとうございます!
 
 思い起こせば、12年前、あ〜〜まだまだ30代だった私が、自宅の二階の屋根の上で、真っ青な空を流れる雲を見ていたときに、ハッとひらめいた「岐阜フラッグアート展」。
 「フラッグアート」というネーミング自体も瞬時に浮かんで来て、「これは、きっと良い文化事業になる!」と確信した。

 その後は、 産業文化につながるコンセプトをはじめ、さまざまなシステムについても、芋ずる式に次々と浮かんできて、「まちを歩いてめぐる公開審査」や、総合監修は日比野克彦さんに依頼しよう、、、などなど、そして岐阜の街にアートがぶら下がって、まちが美術館になっていく姿が次々とイメージできた。

 企画書を作り上げて、商店街にプレゼンした。
 いろんな反応がある中で、数名の人が企画を支持してくれて、始まった。
 数名の人は、「よくわからん!」という反応だった。
 だから、こういう企画は、まず形にすることが大切なのだ。
 形にして、見せて、他者からの評価を得てはじめて納得する人たちの方が、今の日本はまだまだ多い。。。

  最初は、旗の取り付けも自分たちで、高いイントレに乗って作業した。
  汚いアーケードの下での取り付けは、作業を終えると、鳩の糞で髪の毛が真っ白。
  幸い私は、高い所にのぼるのは苦にならなかったので良かったけど、夜中に鳩の糞まみれの自分って、いかにも情けなく、今では本当に笑い話だけど、ソーホージャパンの尾崎さんと一緒に、何度も、泣いたり、笑ったりしたよね〜。

 そんな感情論だけを語るのではなく、この事業には、たくさんの私のコンセプトがつまっていて、それが発展し、展開し、深まって、進化して、さまざまなその他のプロジェクトにもつながっていったんだ。
 現代アートというものの意味や、日本でも役割りについても、この11年間の活動の中で、私なりに随分実感し、同時に思考が深まった。

 参加してくれる若いアーティストの傾向や、作品の傾向からも時代や社会が見えてくる。
 本当に多くの人と出会い、触れ合った11年間。

  近いうちに、これらの活動の記録と社会的意味合いや、まちとアートをつなくということ、その実践の中での私なりの考えをきちんとした文書にまとめて、本にして、出版したいと思っている。
 (出版してくださるという奇特な方がいらっしゃったら、ぜひ、ご連絡を!)

  まちに旗めくフラッグアート。
  巷のアート。
  野晒し(のざらし)アート。
  この11年、フラッグアートを伝えるさまざまな言葉をコピーとして書き続けて来た。
 それらの言葉も、「フラッグアート子ども展」も、「メッセージ展」も、考え、企画した原点は同じだ。

 私はいつも、 風のように、
 ひとりひとりの固有な思いや言葉や生き方を、
 アートという自由な表現にゆだねて伝え、認め、創造したい。
 きっとそれが、みんなが生きる勇気につながって、
 自分の居場所への、固有な想いを感じながら、
<本物を選択できる>人が育ち、
<いわゆる偽物を否定できる>強さを持ち、
 そのココロは、
<ここでしかないもの、ここにしかないわたし>として進化し、
 自分やみんなの人生を豊かにしていくということを信じているのだ。

 フラッグは布。
 布も和紙も、漉いて、漉かれた、テキスタイル、ミクスチャー。
 エディトリアルなエンジンが超高速で時空を超えて絡み合って出来上がった
 とってもフラジャイルでノマドな存在。

 結局、ゆるゆるとしていて、一見、弱々しそうに見えながらも、
 結構、強靭で堅牢な存在自体が、
 好きなんだろうな。
 私って、奴は。

 今日は、美味しい赤ワインが飲みたい気分。

 夕焼けが、ベティブルーの黄昏色に溶けて行く。

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March 05, 2007

十六夜、行き道、帰り道。

 今日、20年来の知人であるYちゃんのお父様が亡くなったという連絡が入り、急遽、お通夜に行って来た。
 ずっと闘病されていたというお父様のご冥福をお祈りするばかりだけれど、憔悴しながらも気丈に振る舞っているYちゃんの姿を見ていて、12年前の父の死を思い出した。

 父は阪神淡路大震災の二日前に亡くなった。
 私は通夜あけの早朝、父の棺の前で、地震を感じた。この時遭遇した、奇跡のような体験については、いつか必ず文章にしたいと思っているのだけれど、もう12年も過ぎ、先々月には13回忌も終えたというのに、まだまだこのことを書く気にはなれないでいる。

 だけど、一つだけ言えるのは、父は、亡くなってなを、生き続けているということだ。
 私の中に、脈々と。

 このことの発見、そして実感こそが、どれほど貴重なことだったか。
 だから、私は今日、Yちゃんに伝えた。

「Yちゃん、今はとっても辛いだろうけどけど、もう少ししたら、お父さんは決して死んでないことが分かって来るから」 と。
 
 今日は十六夜。
 
 通夜の帰り道、煌々と照らす月明かりの中、車を走らせながら考えたのは、“生きる”ということだ。
 本当に人は、いつだって死から生を学び直す。

 Yちゃん、どうか、元気を出してね。
 無邪気にお菓子を食べていたあなたのお嬢さんの明るさには、未来と希望があると思った。そしてこれからもお母さんを大切にしてください。

 

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