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April 2007

April 29, 2007

シンプルな願い

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  今日の午後、ひとつ前のブログを書いて以来、なんとも気分が悪く、すっきりしたくて、車で1時間程走った山中にある高賀神社に向かった。

 途中、音楽を聴きながらなんとも情けなさで泣けて来た。

「私、何やってるんだろう」

 深く、深く川沿いの道を行くとびゅんびゅん風が吹き荒れた。緑と光と土色が輝いていた。

 この場所は私にとって特別な場所だ。

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 車を降りて、神社で手を合わせる。
 何を祈るのか?今までずっと、何を祈ってきたのか?
 人の幸せとは儚い。しかし行き交う車のあちらこちらには幾つもの満面の笑顔を見た。

  途中、細い山道で、軽トラックの地元のおじいさんが道を譲ってくれた。
 すれ違い様に、右手を軽く上げて、頭を下げたら、おじいさんがしわくちゃの笑顔で手を振ってくれた。

 携帯電話もつながらないエリアで暮らす人々。
 
 私は、自分の心の迷いや怒りや切なさの正体を知りたかった。
 
 久しぶりに訪れた高賀神社は昔のまま、そこにあり、山の木々は揺れ、柏手を打つ音が風の中に響く。

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 ときめいていた想いを、やわらかな心を、あたたかな気持ちを、大切にしたい。
 それが私の人生のシンプルな願いなのだ。

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男と女の極私的「深くて暗い河」論

 極私的な話だが、私の息子は現在19歳、大学生です。
 私は彼が大好きです。27歳で彼を生んで以後、彼を養育してきました。

 彼には、私が女手一つで育てていることが負い目等にはならないよう、今は私にとって大切な友人でもある息子の父親とも、親子としての当たり前の関係性を保つことができるようにしてきたし、もちろん金銭的にも不自由のないように頑張ってきたつもりだ。
 同時に私自身、ただ母親としてでなく、一人の人間としての「自己実現」や、「社会で<本当のこと>を追求するための、自由としがらみのない暮らしぶりを選択する」という目的を達成しながら。

 私は、ずっとフリーランスで仕事をしながら、息子を育ててきた。
 もちろん、ご飯を食べさせたり、快適な住環境を息子に提供するためには、私の母の力を沢山沢山借りた。
 母の助けが無かったらやってこれなかっただろうと思う。ものすごく感謝している。
 だからこそ、年老いていく母の支えにもならねばとも思っている。

そうして走り続けてきた「今」。

 結構、体力的にも無理がたたって、このところいろいろな病院にお世話になっている。
 まあ、人生の折り返し地点、「仕事」も「子育て」も一人で頑張ってきたのだから、神様が「少しは休んだって良いんだよ」と言ってくれているのかなと、今年に入って仕事のペースを落としてきた。

 でも、ここまで頑張ってこれたのは、もちろん愛すべき息子の存在と、愛すべき人々の存在、そしてもうひとつ、大きな理由は、多分、『自分への信頼』だと思う。
 20代の頃、倒れるまで頑張った映画制作の現場を経て、多くの人々と出会い、決して甘い汁ばかりを吸ったのではなく、さまざまな挫折や経験の中、自分を信頼する力を養ってきた。

 私は、頑張れる。お金は後から必ずついてくる。
 息子は私を見ていてくれる…。そんなふうに信じようと努めてきた。

 自由であることの引き換えに、手にしてないモノも沢山ある。
 例えば月給やボーナスとは無縁の世界。
 反省もいっぱいある。特に子育てに関してはもっとこう出来れば…、との想いもある。

 でも、そんな中、私という個人の力を評価し、認識し、尊重してくれる人と良い仕事をしたいと願ってきた。
 その願いの強さと実現の喜びを持つ事の引き換えに、失う「安定」なんて何も怖くなかった。

 ずっと頑張っているから、神様(のような何か)は私にいろいろな素晴らしいチャンスや出会いを与えてくれていると信じ、みんなが旅行にいったり、お酒を飲んだりしている間も、それなりの努力、を、してきたと思う。

 本来、ナマケモノで、人と会うのが苦手だからこそ、
 自分の意志でキープしてきた。

 今、そんな私が45歳になって、ちょっとへばっている。
 どうしようもない「体力」や「体調」の問題で。

 そんな私の体のケアをしてくれているのが、リフレッシュプラザの米山さつきちゃんだったり、サロンサンエールの村瀬さんや豊田さんだったり、漢方薬剤師としても一流の後輩、伊佐地薬局の伊佐地達郎君だったり、心から信頼する精神科医の竹内先生だったり、そして最近、知った「サンリ治療院」の鍼灸師の舟橋先生だったりするのだ。

 ところが、先日、長年一緒に仕事をしてきたある人に、
「今、診てもらっている鍼灸院の先生から、“お仕事だけでなく、息子さんを大学生までにしたなんて、本当に今まで頑張ってこられたのですね”と言われてすごく嬉しかった。そんなことを言われたことは無かったから」
 と私が伝えたら、その人は、
「そんなこと、みんなしていることだから、普通は別に言わないんだよ」
とサラリと言った。

 私はすごく悲しかった。
 確かに、その人の言うように、仕事も子育てもみんなしていることだ。

 すごく残念なことだけど、その人を含め、日本の多くの男性は、「女性が子育てをしながら仕事をし続けるということが如何に大変なことか、だけどみな、黙々と頑張っている」ことを本当に理解していない、というより、そんなこと、彼らにとってどうでもいいのではないのだろうか。もちろん、そうじゃなくて理解ある、素晴らしい男性も存在することは承知の上、なのですが。
(ここ数年一緒に仕事をし、私の姿を見て、私のことを理解してくれていると思っていた人からそんな言葉が出た事自体、とても悲しかったのでちょっと感情的になってしまってゴメンナサイ…)

 大声で言いたい。
「仕事」と、自分のペースでは決して物事を運んでいけない「子育て」の両立の難しさを。
 子どもを持つ働く女性は、仕事をしながら子育てをしているのです!! 
 だからたまに、ちょっとだけでも褒めてもらったり、ねぎらってもらって、どうしていけないのか?

 子育てをしていない男性なんて、もう信用しない。本気でそう思った。
 しかし、とっても残念なことに、その人は、私がその人の言葉でどれほど傷ついたかすら、気づいていない。

 たとえ「傷ついたんですよ」と伝えたとしても、きっと「あ、そう」でおしまいだろう。彼らの意識は、深くて暗い河よりももっと深くて暗い男性と女性という性が持つ大きな違いを理解しようとする時間すら、「もったいなく、どうでもよいこと」なのだから。

 そういう資質の彼らにとっての女性なんて、自分たちの経済活動のためだけに、時々必要な情報やスキルを利用して、より大きな獲物を得る道具のようなものだったのかもしれない…。
もしそうだとしたら、なんて悲しいんだろう。そこにはすでに人間愛なんて、存在しない。

 そんな彼らとの恊働で、「男女共同参画社会」なんて、ほど遠い。
 傷つき、うんざりしつつもバカな私は、それでもなを「仕事の意義」と「そんな彼らだって日々、頑張って生きているのだ」とか、「人間愛というものへの微かな期待」などという想いに突き動かされ、マッサージや鍼やらのお世話になりながらつかの間の元気を取り戻し、つい、一生懸命働いてしまうのだ。
 結局、真の相互理解のない一部の男性(社会)との間では、彼らの想像を遥かに越える程、精神と身体が疲弊し、結果、再びケア関係者のお世話になってしまうという悪循環…。

 でも、これではいけない。
 そう思うね。本当に。だから、決心します、そんな環境をふたたび変える事。
 相手を変えるのではなく、自分が変わること。
 年の初めにも書いたけど、ずっと笑っていられる自分でいたいから。
 もうこんな悲しい思いはしたくないから〜。

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April 15, 2007

映画「ブラッド・ダイヤモンド」〜何を得たいか、何のために?

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 昨日、映画「BLOOD DIAMOND(ブラッド・ダイヤモンド)」を観て来た。 
 凄い映画だった。
 まず知ったのは“自分の無知”だ。

 私が30代を過ごしていた同じ時期に、アフリカ大西洋に面したシエラレオネ共和国でかくも酷い内戦があったという事実。ほどんど何も知らなかった自分。
 「アフリカの飢餓」や「貧困」という“単語”でしか認識していなかった自分。遠い国に生まれた自分には、出来る事は少ない、と思っていた自分。これもまた運命なのだと解釈していた自分…。

 今朝、高校時代に使用していた(約30年前!)の地図帳をひっぱり出し、シエラレオネの場所を探した。アフリカということだけで、どこにあるのかなんてまったく分かっていなかったのだ。
 地図帳の索引で文字を引く。そして見つけたシエラレオネという赤い文字。リベリアとギニアに挟まれた小さな国だ。そこには確かに、鉱産地を表す「ダイヤモンド」の文字が3つも書いてある。
 よく見ると、大西洋からギニア湾に添う海岸線には「胡椒海岸」「穀物海岸」「象牙海岸」「黄金海岸」の文字も。高校時代には、まったく無頓着だったこの文字群にも、アフリカという国の裏側の意味が伝わってくるような気がした。
 シエラレオネの首都は「フリータウン」。この名称も誰がつけたのだろう?ちょっとだけ調べたら、もともとはポルトガルの影響下にあり、大英帝国の時代の1880年以後に、イギリスから「解放奴隷」として約5万人が現在のフリータウンに移住し、イギリスの統治が強まったそうだ。誰や何にとっての「フリー」なのだと言うのだろうか。心の底がざわつくこの感触は、多分、そんなに間違っていないだろう。

 こうして私は、高校時代の地理の時間にはまったく知る由もなかった世界のある「姿」について、30年も経って初めて「地図帳」から真実の一辺を学んだ気がした。

 映画の背景となっている「シエラレオネの内戦」とは、、

 「1991年から2002年まで続いた激しい内戦。学校や診療所などの国のインフラ設備は破壊され、多くの人々は殺害されるか手足を切り落とされるなどの残虐行為の犠牲となった。誘拐され「子ども兵士」として徴用された子どもは、約1万5,000人にものぼったと言われている。」(プラン・ジャパンのHPより抜粋)

 そもそもその内戦の原因とは何なのか?

「直接原因は部族対立でも宗教紛争でもなく、政府の独裁や圧制に対する反政府勢力の抵抗でもありません。それは反政府武装集団(反乱軍)による2つの目的つまり、「権力と利権の独占」の実現に他なりません(後略)」 

  これは「手を貸す運動(Lend a Hand Movement)」の HPの「内戦の原因といきさつ」というページから抜粋させていただいた一文だが、「BLOOD DIAMND」では、特に2つめの目的である“利権の独占”に関わる部分を軸に描かれている。(ちなみに、「手を貸す運動」のHPを熟読すると、映画とはまた違った側面で、シエラレオネで地道な活動を長年に渡り行ってきた人々の存在を知る事ができる。11年間の紛争に関する記述も客観的かつ切実であり、この地で活動を行ってきた方々ならではの重い言葉が綴られている)
 関連して、「紛争ダイヤモンド」というHPでは、映画の内容にも重なるダイヤモンド利権と反政府軍RUFとの関わりなどについて分かりやすく書かれているので参考してみるのも良いかと思う。

 いずれにしてもこういった情報は、ひとつ、ふたつを読んで分かった気になってはいけない。そして常に自分の頭や心にフィードバックしてじっくり解釈し、世界には多種多様な価値観を持った人々が存在することを認識した上で、自分なりの言葉で語る必要があると思う。
 映画を見て簡単に「◯◯の国が悪い」とか「◯◯が悪い」などと判断する前に、自分の思考の中で湧き起こるさまざまな感情を止めないことが大切だと思う。人は、誰かより優れているなんてそうそうないし、常に自分の価値観が絶対多数だなんて、決してないのだから。
  私はこの映画を見た事で、今までほとんど知らなかった世界で起こった出来事の一面を知った。そこには沢山の顔がある。そのすべてを知る事なんてできないからこそ、何を基準に自分が善悪の判断をし、行動を選択していくのかが問われているのかもしれない。
  
 映画の話に戻ろう。主人公のダニー・アーチャーを演じきったレオナルド・ディカプリオ、最高でした!よく頑張った!
 「ディパーティド」も、独特の軽さを演じきっていたところが良かったけど、こちらはなんと言うか素直に良かった。泣けて来た。揺れる心の葛藤を、台詞に頼らず、心底演じていたと思う。
 アカデミー賞主演男優賞、受賞してほしかったなと本当に思う。だけど(ここからは勝手な想像)レオは、この映画を経て、ある意味、賞なんでどちらでも良い、と思えるようになったのでは?とすら思えて来る。

 だって、こんな過酷な現実に向き合い、その中の役を演じきり、生死を痛感し、実際のアフリカという大地で、現在進行形のさまざまな問題を実感すれば、、、、アカデミーの名誉は、もちろん頂けるものは頂いてほしいけど、でも、たとえ貰えなくても(結局、これだっていろいろな人々の権力や利権も絡んでいるんだから)あんな素晴らしい作品となったのだから、胸をはっていてほしい、そんなふうに感じる大人になってほしいと勝手に思う私なのでした。
 そのせいかアカデミー賞授賞式のレオの表情は、なんとなく爽やかだった。今まで私は特にレオフアンではなかったのですが、俄然応援したくなりました!
 その他、すべてのキャスト、キツい殺戮シーンや戦闘シーンに参加した多数のエキストラ、、みな、素晴らしかった。切実だった。
 そしてもちろん、エドワード・ズウィック監督に、拍手! 社会問題や、歴史の背後に隠された真実を、エンターテイメントに仕上げて、映画ならではのメランコリーと、現実に対して「映画だからこそ出来るメッセージ力」が遺憾なく発揮された、素晴らしい演出と構成。
 レオが最後に見た、アフリカの大地の俯瞰映像には、本当に泣けてきた。  
 言葉でなく、映像の力でこそ伝わった、赤い大地。

 最後に、、、この映画のHPの「作品情報」というコンテンツの「プロダクション・ノート」をじっくり読んでみてください。

  【ロケーションから始まった善意の輪】 という文章、<善意の輪>という言葉に最初、若干の抵抗感を持ちながら読んでいたけど、読み進むうち、私は自然に心が溶けていくのを感じた。だって、そこにある言葉は、嘘じゃないと思えたから。
 スタッフ、キャストみなが、今回のロケーションをきっかけに、さまざまな活動を始めたということが記されている。その文中、「需要の大きさに比べたら、僕たちのしていることなんて大河の一滴にすぎないかもしれない。けれど、できるだけ役に立ちたかったし――これからも続けていくつもりなんだ」 という言葉があった。

 みな、言います。私も思います。「自分の力なんて大したことない」って。
 でもやっぱり「何かしたい」という気持ちになったら、まず出来る事から行動すれば良いのだと思った。
 ダイヤの原産国を聞いたり、紛争ダイヤを購入しないようにする事や、いろんなNPOやNGOに寄付をする事、語り合う事、文章に書く事…、いろんなことが「出来る事」としてあるはずだと思う。
 そしてこの映画をまだ観ていない人に、勧めることも「出来る事」のひとつなのだろう。
 観ていて苦しくて、辛いシーンもあるけど、目を背けないで最後まで観てください。この映画は、ぜひ、映画館の大きなスクリーンで観てほしいのです。
 
 2007年、4月。「BLOOD DIAMOND」は、その直接的なメッセージの裏側で、私たちの暮らしの中にも常にある「選択的な行動の意味」とその「連鎖」について、ある確実なメッセージを発している。
 だからこそ私は、そして、あなたにも、そこから目を背けないで欲しいのだ。

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April 14, 2007

“ラジオぬちかたいん”に登場しました!

 またまた久しぶりです。
 Spring has come.
 桜も散ったね〜。
 実は、私の卒論(私は社会学部出身で、社会学士なんです。次ねらうは社会学修士?)は、『桜日本人論〜日本人は本当に桜が好きなのか?』なのです。
 この卒論、20数年前に書いたのですが、なかなか良い視点だったと思いませんか?
 なぁんて、実際、数年経って振り返ってみてこそ分かる事って、あるんだよね〜。
 今まで、有り難いことにいろいろな場所でいろいろな人からインタビューを受けてきたのだけど、粗忽な私はそういった資料をまとめておくことをちゃんとしてこなかったのです。本当はこういうものもきちんとファイリングしておけば、その頃自分が何を考え、何を目指していたのかなどいろいろ分かって良かったなと思います。

 が、今回、ソーホージャパンの大城社長(こちらも私の20年来の友人であり、仕事仲間であり、喧嘩友達?)が、日本イベント大賞を受賞したフラッグアート展について私をインタビューしてくれたものを、“ラジオぬちかたいん”という音声配信番組としてまとめてくれました。
 こんなファイリング&発信方法があるって、本当にこれはネットの良さだね〜。ありがとう!大城&ソーホーのスタッフのみなさん!!

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 “ラジオぬちかたいん”については、ここに詳しく書いてありますが、ぬちかいたん、とは、沖縄の言葉で「命を語る」という意味だそうです。不定期に大城社長の友人、知人や、仕事仲間などに彼がインタビューした、まさに「命の言葉を語りあう」ラジオ番組のような形になっています。

  思い起こせば、もう10年以上前に、大城(私と大城社長は、昔から“古田”“大城”と呼び合っているので、このまま呼び捨てて失礼します。。)は、名古屋のCBCラジオでパーソナリティをしていたこともあり、その頃、私もゲストとして呼んでもらったこともあったよね。
 ラジオというメディアは、今、インターネットやテレビに押されているけど、私は好きなメディアです。声だけ、音声だけだからこそ、伝わる『何か』って確かにある、と思うんだ。

 ということで、もしよかったら、私が登場している“ラジオぬちかたいん”、聞いてみてください。もちろん、私以外にも、私の親友でもあるミュージシャン、Aricoの対談や、仕事の先輩(?)、甲賀さん、ソーホーが強力にプロモートしているパントマイムユニット「が〜まるちょば」などのインタビューもありますので、ぜひぜひクリック!

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