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April 15, 2007

映画「ブラッド・ダイヤモンド」〜何を得たいか、何のために?

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 昨日、映画「BLOOD DIAMOND(ブラッド・ダイヤモンド)」を観て来た。 
 凄い映画だった。
 まず知ったのは“自分の無知”だ。

 私が30代を過ごしていた同じ時期に、アフリカ大西洋に面したシエラレオネ共和国でかくも酷い内戦があったという事実。ほどんど何も知らなかった自分。
 「アフリカの飢餓」や「貧困」という“単語”でしか認識していなかった自分。遠い国に生まれた自分には、出来る事は少ない、と思っていた自分。これもまた運命なのだと解釈していた自分…。

 今朝、高校時代に使用していた(約30年前!)の地図帳をひっぱり出し、シエラレオネの場所を探した。アフリカということだけで、どこにあるのかなんてまったく分かっていなかったのだ。
 地図帳の索引で文字を引く。そして見つけたシエラレオネという赤い文字。リベリアとギニアに挟まれた小さな国だ。そこには確かに、鉱産地を表す「ダイヤモンド」の文字が3つも書いてある。
 よく見ると、大西洋からギニア湾に添う海岸線には「胡椒海岸」「穀物海岸」「象牙海岸」「黄金海岸」の文字も。高校時代には、まったく無頓着だったこの文字群にも、アフリカという国の裏側の意味が伝わってくるような気がした。
 シエラレオネの首都は「フリータウン」。この名称も誰がつけたのだろう?ちょっとだけ調べたら、もともとはポルトガルの影響下にあり、大英帝国の時代の1880年以後に、イギリスから「解放奴隷」として約5万人が現在のフリータウンに移住し、イギリスの統治が強まったそうだ。誰や何にとっての「フリー」なのだと言うのだろうか。心の底がざわつくこの感触は、多分、そんなに間違っていないだろう。

 こうして私は、高校時代の地理の時間にはまったく知る由もなかった世界のある「姿」について、30年も経って初めて「地図帳」から真実の一辺を学んだ気がした。

 映画の背景となっている「シエラレオネの内戦」とは、、

 「1991年から2002年まで続いた激しい内戦。学校や診療所などの国のインフラ設備は破壊され、多くの人々は殺害されるか手足を切り落とされるなどの残虐行為の犠牲となった。誘拐され「子ども兵士」として徴用された子どもは、約1万5,000人にものぼったと言われている。」(プラン・ジャパンのHPより抜粋)

 そもそもその内戦の原因とは何なのか?

「直接原因は部族対立でも宗教紛争でもなく、政府の独裁や圧制に対する反政府勢力の抵抗でもありません。それは反政府武装集団(反乱軍)による2つの目的つまり、「権力と利権の独占」の実現に他なりません(後略)」 

  これは「手を貸す運動(Lend a Hand Movement)」の HPの「内戦の原因といきさつ」というページから抜粋させていただいた一文だが、「BLOOD DIAMND」では、特に2つめの目的である“利権の独占”に関わる部分を軸に描かれている。(ちなみに、「手を貸す運動」のHPを熟読すると、映画とはまた違った側面で、シエラレオネで地道な活動を長年に渡り行ってきた人々の存在を知る事ができる。11年間の紛争に関する記述も客観的かつ切実であり、この地で活動を行ってきた方々ならではの重い言葉が綴られている)
 関連して、「紛争ダイヤモンド」というHPでは、映画の内容にも重なるダイヤモンド利権と反政府軍RUFとの関わりなどについて分かりやすく書かれているので参考してみるのも良いかと思う。

 いずれにしてもこういった情報は、ひとつ、ふたつを読んで分かった気になってはいけない。そして常に自分の頭や心にフィードバックしてじっくり解釈し、世界には多種多様な価値観を持った人々が存在することを認識した上で、自分なりの言葉で語る必要があると思う。
 映画を見て簡単に「◯◯の国が悪い」とか「◯◯が悪い」などと判断する前に、自分の思考の中で湧き起こるさまざまな感情を止めないことが大切だと思う。人は、誰かより優れているなんてそうそうないし、常に自分の価値観が絶対多数だなんて、決してないのだから。
  私はこの映画を見た事で、今までほとんど知らなかった世界で起こった出来事の一面を知った。そこには沢山の顔がある。そのすべてを知る事なんてできないからこそ、何を基準に自分が善悪の判断をし、行動を選択していくのかが問われているのかもしれない。
  
 映画の話に戻ろう。主人公のダニー・アーチャーを演じきったレオナルド・ディカプリオ、最高でした!よく頑張った!
 「ディパーティド」も、独特の軽さを演じきっていたところが良かったけど、こちらはなんと言うか素直に良かった。泣けて来た。揺れる心の葛藤を、台詞に頼らず、心底演じていたと思う。
 アカデミー賞主演男優賞、受賞してほしかったなと本当に思う。だけど(ここからは勝手な想像)レオは、この映画を経て、ある意味、賞なんでどちらでも良い、と思えるようになったのでは?とすら思えて来る。

 だって、こんな過酷な現実に向き合い、その中の役を演じきり、生死を痛感し、実際のアフリカという大地で、現在進行形のさまざまな問題を実感すれば、、、、アカデミーの名誉は、もちろん頂けるものは頂いてほしいけど、でも、たとえ貰えなくても(結局、これだっていろいろな人々の権力や利権も絡んでいるんだから)あんな素晴らしい作品となったのだから、胸をはっていてほしい、そんなふうに感じる大人になってほしいと勝手に思う私なのでした。
 そのせいかアカデミー賞授賞式のレオの表情は、なんとなく爽やかだった。今まで私は特にレオフアンではなかったのですが、俄然応援したくなりました!
 その他、すべてのキャスト、キツい殺戮シーンや戦闘シーンに参加した多数のエキストラ、、みな、素晴らしかった。切実だった。
 そしてもちろん、エドワード・ズウィック監督に、拍手! 社会問題や、歴史の背後に隠された真実を、エンターテイメントに仕上げて、映画ならではのメランコリーと、現実に対して「映画だからこそ出来るメッセージ力」が遺憾なく発揮された、素晴らしい演出と構成。
 レオが最後に見た、アフリカの大地の俯瞰映像には、本当に泣けてきた。  
 言葉でなく、映像の力でこそ伝わった、赤い大地。

 最後に、、、この映画のHPの「作品情報」というコンテンツの「プロダクション・ノート」をじっくり読んでみてください。

  【ロケーションから始まった善意の輪】 という文章、<善意の輪>という言葉に最初、若干の抵抗感を持ちながら読んでいたけど、読み進むうち、私は自然に心が溶けていくのを感じた。だって、そこにある言葉は、嘘じゃないと思えたから。
 スタッフ、キャストみなが、今回のロケーションをきっかけに、さまざまな活動を始めたということが記されている。その文中、「需要の大きさに比べたら、僕たちのしていることなんて大河の一滴にすぎないかもしれない。けれど、できるだけ役に立ちたかったし――これからも続けていくつもりなんだ」 という言葉があった。

 みな、言います。私も思います。「自分の力なんて大したことない」って。
 でもやっぱり「何かしたい」という気持ちになったら、まず出来る事から行動すれば良いのだと思った。
 ダイヤの原産国を聞いたり、紛争ダイヤを購入しないようにする事や、いろんなNPOやNGOに寄付をする事、語り合う事、文章に書く事…、いろんなことが「出来る事」としてあるはずだと思う。
 そしてこの映画をまだ観ていない人に、勧めることも「出来る事」のひとつなのだろう。
 観ていて苦しくて、辛いシーンもあるけど、目を背けないで最後まで観てください。この映画は、ぜひ、映画館の大きなスクリーンで観てほしいのです。
 
 2007年、4月。「BLOOD DIAMOND」は、その直接的なメッセージの裏側で、私たちの暮らしの中にも常にある「選択的な行動の意味」とその「連鎖」について、ある確実なメッセージを発している。
 だからこそ私は、そして、あなたにも、そこから目を背けないで欲しいのだ。

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