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July 2007

July 16, 2007

透明な文章

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仕事よさらば。 日常からTAKE OFF!

って、なかなか元気の出る言葉だと思いませんか?
実はこれ、先日取材を受けた、(株)エストゥエスが運営しているWEBサイトの標語なんですよね。


「仕事よ、さらば!」か〜。一度、言ってみたいよね。でも、私の場合、日常も非日常も仕事の延長みたいになっていて、、、これって、やっぱりまずいかな?


ところで、話しを戻して、、、取材とは、 【5.1AIR】というWEBサイト内にある5.1AIR MAGAZINEの中で、家田紙工の「水うちわ」を是非、紹介したいとのことで、たまたま私が仕事で東京に滞在していた時に行ったものです。


このサイトは、“5感”すべてが、ちょっと喜ぶような何かを伝えていきたいという願いがコンセプトで、ちなみに、「水うちわ」の記事が掲載されている“一点こだわり主義”は、五感でいうところの「触感」を伝えるカテゴリーに属しているそうです。


みなさん、ぜひ、読んでみてください。水うちわの涼しい風に触れたような爽やかな感触を味わうことができると思います。


取材は、東京の私の仕事場の近くにあるカフェで、エストゥエスのKさん、ライターのTさんと私の三人で行いました。
Kさんも、Tさんも、とっても元気で、チャーミングな女性でした。


私よりず〜っと年下の彼女たちでしたが、話していると、取材を受けている私の方が彼女たちから元気を沢山いただきました。
さまざまな会話の中で、和紙についてや、水うちわや日本文化について…、そして何より、ひとりの女性として常に前向きに生きて行くということについて、いろいろな感情を自然に分かち合うことができたのはとても嬉しい時間でした。
多分これは、取材の入り口が「水うちわ」という、ナチュラルでオーガニックなモノだったからかもしれないなと思います。


今、何故、水うちわがこんなに人の心をとらえるのか。。。


勿論、一部の人は「儲け」の手段として捉えているのかもしれないけれど、でも、それを支えているのは彼女たちのような、「本気」で、「良いもの」や「美しいもの」を「知りたい」、「伝えたい」、「使いたい」と願う存在があるからだと私は思う。


モノから生まれるさまざまな物語…。


向きあう人同士が、心を開き、ナチュラルに何かを伝え合いたいと願う時、きっとそこには小さな天使が沢山沢山舞い降りてきて、いろんな物語を降り下ろしてくれるのかもしれません。
本当に沢山の物語が、そのテーブルの上に舞い降りて来ていました。


 Kさんの「“のりしろ”のような存在の話」、Tさんの「かつての上司の話」などなど書き出したらきりがない程沢山の話題が立ち上がってきました。
ライターのTさんは、それらの感触を胸の底にすべて持ち帰り、更にそこに新たな取材も加えて彼女ならではの言葉に紡ぎ直し、ページ担当のKさんは、水うちわの写真撮影を含め、そこにひそむ無限のメッセージや物語の一片をページ構成の中で伝えようと最大限気を配ってくれたと私は思います。
そうして、 【5.1AIR】の“五感に訴える”「水うちわ」の物語が、独特の透明感のあるページとして表現されるに至ったのです。


まるであの日のテーブルの上の物語が、み〜んな透明な水うちわにろ過されたみたいな、チャーミングな記事になっています。時や言葉や、仕事や、想いや、心が、そよそよと流れていくように…。

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(愛じゃなくって)耳鳴りが止まらない。

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耳鳴りが止まらない。
今年の1月5日に急性中耳炎になって以来、かれこれ半年。
後遺症として残ってしまった私の耳鳴りは、近場の町医者から大学病院に変わっても、結局、一進一退の繰り返しで、今も左耳の奥の方で、「シュー」という高音が鳴り続けている。


でも、耳の病気になって以来、このブログに同じ悩みを持つ方からコメントをいただいたり、仕事先で「私も耳の病気を抱えているんです!」という人に出会い、互いに「耳の病気は人に理解してもらいづらいからね〜」と、慰め合うなど、新たな展開(?)や発見もあるようになってきた。


実際、耳の疾病は外側から見えづらいし、症状も、なったことのない人には「ほとんどその症状が想像できない」病気だ。


私は、自分がかかっていた大学病院の先生に、「先生はこの症状を経験したことがあるのか?」といつか尋ねたいと思う程、先生から、耳の症状をいたわる共感の言葉を聞いた事がない。


要するに、「命に関わる病気ではないし」ということで、症状の日常的な辛さに比べ、とっても「軽んじられている」病気なのだ。


でも、この症状、なった人ならみな、そうだと思うけど、結構「しんどい」。


この病気を抱えている人はみな、目に見えないストレスとともに日々を過ごしている事なんて、まわりの人には忘れられがちだし、若干の難聴もあるから、会話の中でつい「え?何ですか?」と尋ねがちになる。そうするといきなり「???」という表情をされたり、あげくの果ては「何度も同じ事を言わせるな!」と怒る人もいる始末。


みなさん!私たち、耳鳴り症候群患者は、一見、普段は平気そうでも内心はとっても苦しんでいるという事、ほんのちょっとでも良いから分かってください〜。


そんな私は、現在、漢方薬を飲みながら、鍼治療とマッサージ(整体、足裏)などで対処している。
以前このブログでも書いたように、漢方の処方も鍼もマッサージも、良い治療院や治療者と巡り会う事が出来、一進一退の中、いつか、すっきりする日々が来ると良いなと願いながら、毎朝、目覚める。


そして、「あ、今日は比較的、音か静かで平穏な日々でしょう…」とか、「今日は朝からうるさいな〜。午後から荒れ模様の気配…」などと、天気予報みたいに自分に向かって耳を澄ますのだ。


この症状とのつきあいも半年近くにもなれば、辛さをやり過ごすコツのようなものも若干は身につけてきたものの、でも、私は、日本中、いや、世界中の耳鼻咽喉科の専門医に言いたい!


「耳鳴りを治すための研究を、諦めずにしてください!」

だって、かなり辛いんですよ。
それを分かってほしいのです。


そして、決して「もう治らない」とか、「最悪のところに辿り着きましたね」なんて患者に向かって言わないようにして下さい!(実際、私を見てくれた岐阜市の町医者の某女医さんは、私にはっきりそう言った。その時の私のショックは、先生には決して分からないと思うよ〜)


私は、耳鳴りの治癒には、西洋医学だけでは難しいと直感している。
これこそ西洋と東洋医学を組み合わせ、本気でトライすべき課題だと思う。
East meets West....
そのきっかけになる、重要な案件だと思うのだ。


そのことに気づけただけでも、この病気になった甲斐があると自分に言い聞かせ、今日も耳鳴りとともに暮らすのであった。。。

追伸:全国の耳鳴りに悩むみなさん!耳鳴りの大敵は第一に、「肩、背中、首のコリ」です。あと勿論「ストレス!」。そして、どうも水分代謝もキーワードのよう。。。私は、耳鳴り日記をつけています。いろんな症状をきっちり分析して、少しでも悩みや苦しみから心が解放されるよう、みんなで協力しあいましょうね!

では〜。また。

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July 07, 2007

口害のない世界へ

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人って、何でも最初に、「悪意に取る人」と、「善意にとる人」の二種類あると思う。

それって、いわゆるその人の思考のパターンなのだと思うし、それは個人の癖のようなものなので、他人がとやかく言えることではないけど、少なくとも悪意でとろうと善意でとろうと、その自分のファ−ストインプレッションが「100%正しい」と思い込み、それを軽率に公言(いわゆる口に出す事)するのはどうだろう。

やっぱり、人は安易に考えを口にする前に、自分の考えについて思慮してから発言し、さらに発言した以上は、その言葉に責任を持つべきだと思う。


「記憶がない」…まるでどこかの政治家の言葉みたいだ。
「どうでもよい」…自分が言ったことに責任が持てない時にしばしば逃げ口上として人が使う言葉。
「もう忘れた」…他人のことは何年前のことでも覚えているくせにね。


子供のころから、ずっと「言葉」や「言ったこと」に責任を持ち、「嘘をつかないで」いるようにと教えられて来た。
小さな頃、本当に空の上で神様が見ていると信じていた私は、それをトラウマみたいに胸に刻んできた。

だから、つい他者にも正しく理解してほしくて、説明が長くなったり、言葉の数が多くなる。そしてつい人にもそうあってほしいと願ってしまう(これが私の悪い癖!)。

でも40年以上も生きて来ると、世の中にはあまりにもいろんな人がいるということを知り、大人という存在は「自分の都合の良いようにいくらでもものを解釈しなおす」特技を身につけた人の方が多いということを実感する。

そうして、言葉を使うのが恐ろしくなってきた。

同時に、人が人を正しく理解し合えるということが、奇跡みたいにすごいことなんだと思うようにもなってきた。
(だからこそ、そういう関係性を紡げた方々には、心底、有り難いと感謝できるよ。本当にありがとう。私のまわりの沢山の理解者のみなさん〜!!)


時々、「悪意」や「攻撃」の言葉を、よく状況をしらないくせに、いきなり先に述べられると、その先、進む事が出来なくなる。


その反動で、「悪意」や「攻撃」の言葉が、知らないうちに自分の口からこぼれた瞬間、
自分の心も悲鳴を上げる。


どんなにお金持ちで、どんなに成功している人でも、私は、「口の悪い人」とは話したくない。

もちろん、「嘘つき」とも話したくない。

どんなに美辞麗句を並べ立てても「嘘つき」の言葉はすぐわかる。

にんげんをなめちゃいけないのだ〜。

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July 06, 2007

モノの引き際

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引き際をどうするか?
物事を中途半端に投げ出したくない自分でも、それでも選択しなければならない「引き際」って必ずある。

押したり、引いたり、進んだり、後退したり…。

『引き際』って一見、ネガティブワードに聞こえそうだけど、「前向きな引き際」もあるはずだよね。

満ち潮、引き潮があるように。
新月から満月があるように。

人生をサイクルとしてとらえるならば、ある固有なリズムの中でのターニングポイントやパラダイムシフトのタイミングってきっとあって、きちんと引く勇気や、そのための準備も必要。

そうして、ちゃんと準備して、「変わる時」をじっと見つめる。

そしてこそ、「再び満る時」もあるのかもしれないね。

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