as time goes by

三月の初め、ここ10年程、親しくしていた大好きな友人が亡くなった。
彼女は、昨年の夏に突然発病し、闘病生活を繰り返していたのだけれど、私は彼女は絶対に「死なない」と思っていた。
「まだ、死なない」「まだ死ねない」。
彼女の想いは強く、彼女の精神も強かった。
でも、彼女は「もう、いいかな」と思ったのだろうか。
ここまで頑張った。ここまで努力した。そして彼女のお子さんはきちんと成長した。
私は、彼女が必ず治ると信じていたから、亡くなる前の日も、携帯にメールを送ってた。
「はやく良くなって、また一緒に仕事をしようね。ずっと待っているから」
そして、迷いに迷って、最後に書いた。
「愛してるよ〜。Hさん」って。
こんなこと、書くと変に思うかなって、迷った。だって、普通は言わない言葉だもの。なんかだ本当に病気が悪いみたいじゃん。って。
でも、書かずにはいられない気持ちになった。
何故だかは分からない。だけど、伝えなければと思っていた。
断じて言う。私は彼女は「まだ、死なない」と思っていた。病気を克服する、、と信じていた。
だから、そのメールが最後になるなんて、思ってもいなかった。
でも、実は、その日の夜、彼女が夢にくっきり現れた。
彼女は、赤い服を着ていて、笑顔で私に言った。
「いろいろありがとう。。。。」
私は彼女とハグをした。その感触、しっかり覚えている。
そして彼女は言った。
「じゃあね」 って。
笑顔で。
そして、いつものように手を振って、クルリと向こうを向いた。
次の瞬間、彼女は消えていて、私は目覚めた。
「昨晩、寝る時に彼女のことを沢山、沢山、考えたから夢に見たんだなぁ」って思った。
決して、本当にお別れに来たなんて、微塵も思いたくなかった。
翌々日、彼女のご主人から電話があって、彼女が亡くなったことを知らされた。
私は、彼女のがんばりを、彼女の希望を、彼女の願いを、沢山、沢山、知っていた。
だからこそ、彼女の悲しみや、彼女の悔しさも知っている。
まだ、逝きたくなかったはずだ。
でも、その絶望的な辛さ、痛みを私は知らない。
今、生きている私は、実は、何にも彼女と共有できない。
彼女の悲しみを推し量る事も、シェアする事も、苦しみを和らげることも、病とともに闘うことも今となっては、なんにもできない。
そして、私は、彼女に会いに、四国へ行った。
彼女は、棺の中で、眠っていた。
そこにいたのは、かつて私と笑ったり、泣いたり、考えたり、喜んだりした彼女ではなく、ただ、そこに眠る「人」だった。
それまで毎日、毎日、彼女を思い出しては泣いていたのだけど、もう泣かない、と思った。
彼女はもう、逝ってしまったのだ。
「じゃあね」
と、彼女は私に言った。
夢の中だったけど、目の前の棺の中の彼女より、ずっとリアリティがあった。
その日、私は、お葬式を終えてマリンライナーにのって高松から岡山に到着すると、一緒にお葬式に行ったHIROEさんと別れて、ひとり、岡山から広島に向かった。
私は、岡山から新幹線ではなく、各駅停車の在来線に乗った。
ゆっくり、ゆっくり、時を消化したかった。
どこかに向かうこころ。
どこかに見送るこころ。
車窓の景色は、ゆるやかに変化していった。
海岸線を走っていた列車が、途中から山深い道に進む。
途方も無く深い嶺の下を行く列車。
切り立った崖の上空に、まるで宇宙ステーションのような橋がかかっていた。
私の向かいの席にすわっていた茶髪の15.6歳の少女の横顔が、時折、窓ガラスに写っていた。
ただ列車の中で、その動きに身を任せて過ごした時間が、次第に私のこころを強くしていった。
いつか、私も行くであろう、遠くの場所。
それは、この列車の旅のように果てしなく、まがりくねった先にある。
何時間経ったのだろうか。
いつのまにか、外は真っ暗になっていた。
とっぷりと日が暮れた夜の中、列車は、広島駅に滑り込む。
到着駅で、目の前の少女も立った。
私も荷物を持って席を立とうとした時、彼女の座っていた椅子の上に、沢山のキラキラしたアクセサリーがついたままの携帯電話が置き忘れられていることに気づいた。
思わず私はその携帯を手に取って、今、まさに列車から降りようとしていた彼女の背中に声をかけた。
「携帯!忘れているよ」
少女は、あ、という顔をして、その後、200%に輝く笑顔で私に言った。
「ありがとうございます!」
茶髪で、きらめくアイシャドーに不似合いな無邪気な少女の笑顔。
すれ違う、ときの中で、私は今日も、私のときを、生きる。
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Comments
こんなことを申し上げるのはおこがましいのですが、日記を読ませていただいて、
古田さんとご友人はこれからも「今」を共有されていくと感じました。
Posted by: ブル | March 27, 2008 at 10:46 PM
ブルさん
コメント、ありがとうございます。
父を亡くしたときもそうだったのですが、私にとって親しい人の死は、いつもあまりにも「急」で、だからこそ、その関係性の中で、逝った者と残された者との距離感を掴めない「時間」が、存在してしまいます。
父には、3年程の「こころの距離を縮める時間」が必要でしたが、
今回の友人とは、ある意味、岐阜から高松、そして高松から広島へと向かったその時間と距離が、私の「こころの距離感」を縮めてくれたような気がします。
不思議ですね〜。
Posted by: nf | March 29, 2008 at 07:03 AM