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June 2008

June 23, 2008

新しい月曜日

 いろいろなことがあって、いろいろなことを考えた日曜日を経て、新しい月曜日がやって来た。

 信じていた心のあやうさや、素直な喜びや、笑顔。人間の変化。対してずっと変わらないもの。


 でも結局は、すべて私自身の「問題」なのだ。  
 問い続けるから、答えを求める。
 答えを求めるから、期待と失望が生まれる。

 
 深く関わりのあった人との「別離」を自分の中で整理するとは、つみあげた「時間」をどう消化するのか、ということでもある。

 
 その人間関係の変容のプロセスの中で、「POWER STRUGGLE」を産む。
 そのまっただ中にいる状態で時が過ぎる。
 それは苦しい。なぜなら自分が、ちっとも「前進」しないから。


 例えば理解しあっていると思ってた人が私に酷い事を言うのは、私がいつからか、その人にとっての「POWER STRUGGLE」の対象になったから。
 多分、どこかの時点から私はその人の望む行動をしなくなり、その人の欲求を満たさなくなってしまったことで、私は、その人から投げかけられた「POWER STRUGGLE」に巻き込まれたのだ。

 そして私もまた、知らず知らずのうちに、そんな相手が、自分の望む相手でなくなったことに腹を立て、何故?と問いかけ、私の何が間違っているの?と私の正しさを主張する事での、「POWER STRUGGLE」に参加してしまっていたのだ。

 
 間違いを正すという妙な正義感は、私もまた「POWER STRUGGLE」に参加しているひとりなのだということを、見えなくさせていた。

 

 「POWER STRUGGLE」は、実は、自分自身の内面の葛藤が外に投影されたもの。さまざまな恐れから生まれて、それに参戦している以上、本来の欲求は満たされなくて、実際は内面的な葛藤がどんどんふくらんでいくだけだ。

 
 確かに、先に「POWER STRUGGLE」を私にしかけてきたのは、「あの人」だ。

 でも、そのとき、私が、何故その人がそうまでして私にその闘いをしむけたのかの内面的な葛藤を理解してあげていられたら。。。

 それを理解する深い心と愛情が少しでも私にあれは、私は、その争いに参加することもなく、相手もまた自分の怖れにきちんと向き合い、また違った結果もあったのかと、今、はじめて思った。

 一旦、「POWER STRUGGLE」に参加してしまうと、ひたすら、攻撃と、正当性の主張の応報になる。そこからは何も生まれない。
 大きな大きな内的な葛藤が生まれ続け、鬱になり、生きる喜びがどんどん消失していくだけ。

 苦しみながら、悩みながら、泣きながら、でも、仕事だけはと、めちゃくちゃ頑張ってきた。 だから、精神と身体のバランスが時に大きく崩れてしまった。

 何度も、自分に問いかけ、こころを強くして、持ち直したつもりでリ・スタートを切ったけど、私が「POWER STRUGGLE」に参加している限り、何も前進していなかったことにやっと気づいた。


 もう、「POWER STRUGGLE」には参加しない。

 自分が相手に宣戦布告させてしまった自分の「きざし」を見つめよう。
 それは、私が気づかないうちに自分の内側に閉じ込めてしまった私の古い傷にきちんと対峙して、その傷をちゃんと治癒させ、前に進むことにもなるはずだ。

 さらに期せずして自ら参戦してしまった自分の「今」を見つめよう。
 それは、きっと、長年に渡って蓄積した私の「良くない思考習慣」を見直すことになるはずだ。

 これ以上、自分を責めるのも、もうやめよう。
 そして本来の自分を信じて前に進もう。
 私には、状況に対応できるヴィジョンがあるのだ。
 誠実さ、自由こそが私の好きな私なのだ。

 「天国はふたりづつ入るもの」(a course in miracle)

 そうか、

 人という字も、ふたりの人が支え合っていて出来ている。  


 「POWER STRUGGLE」ではなくて、「LEADERSHIP」。その先にこそ、敏感な受容力と創造性のおもねく豊かな「VISION」がある。


 こころを全面的に私のVISIONに与えよう。

 
 

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