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October 09, 2008

ツキヲツカマエテ

昔、さべあのま という漫画家の
「地球の午后三時」という題名の作品があった。

その題名だけで、好きになれると思った。

S&Gの「四月になれば彼女は(April Come She Will)」というタイトルだけで
この曲は絶対好きだと思った。

G・オサリバンというアーティストネームと
「Alone Again」という曲名だけで、まだ一度も聴いたこともないのに
きっと良い曲に違いないと直感して、
映画の主題歌に使いたいと決めたみたいに
(実際、それは、私が20歳の頃、初監督した8ミリ映画「積木のカレンダー」のエンディング曲になった)
私にとって、ある「言葉の響き」は、絶対的な情報として
届けられる。

それは、例えば村上春樹さんの小説のほとんどすべてのタイトルもしかり。
J・ケルアックの「荒涼天使たち」もしかり。
M・カニンガムの「世界(この世)の果ての家」も、
E・フォールの「約束の地を見つめて」もしかり。


その入口のみで、‘すべて’がわかること。


子どもの頃の少ない経験値では、それが本当に「すべて」を意味したことなのかの検証ができないから、その絶対的な情報への直感をどう信じたら良いのか迷う事もしばしばだけれど(いや、逆に本当はずっと子どもの頃の方が、ぐちゃぐちゃ考えない分、信じているのだ。ちょっと知恵がついた頃が危うい)、今の私は、長年の経験の中で、誰が何と言っても、自分のその<感覚>の正しさを、知っている。

それは、ほぼ100%の確率で正しい。

敢えて言えば、私が今、私としていられるのは、まさにそのもしかしたら希有な(でも、本当は多分、希有ではなく、皆が持っているのだろうけど)才能のお陰かもしれない。

今日、我が家の渡り廊下から見上げた月は、上弦の月を越えて満月に向かう九日目の月。
最近、目が悪くなって、闇夜に浮かぶ月の光は認知できても
月自身を裸眼でツカマエル事が困難になってきた。

それでも私はじっと見つめる。

毎夜繰り返される月と星と太陽のリレー。

その宇宙の果てしない永遠の中で、
ずっと遠くの<カナタ>を想って
一瞬の中にひそむ<すべての絶対>を100%の確率として
つかまえるのだ。

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